若い頃・デニーズ時代 6

デニーズの勤務時間帯は大きく分けて早番と遅番がある。早番は朝6時30分から午後の3時30分、遅番が午後2時30分から午後11時30分までだ。
クックの仕事を早番でスタートしてからというもの、そのあまりの慌ただしさに目が回り、いよいよデニーズでの仕事も核心に近づいてきたのだと実感した。
当時の一般的な店舗の営業時間帯は午前7時から午後11時までだから、早番で6時30分に出勤したら、僅か30分間で開店準備を済ませなければならない。
店に到着すると、先ずはSPアラームというセキュリティーシステムを解除し、バックヤード通用口から店内に入る。着替えを済ませたらキッチンに入ってソース類の再沸騰を行う。デミグラスソース、ミートソース、カレーソース等々だ。
並行してモーニングメニューで使うベーコン、ソーセージ、ハッシュブラウン、そしてパンケーキミックスのストック量を確認していき、温まった各ソース類をスチームテーブルへ配置すれば後は開店を待つばかりである。

「それじゃお店開けま~す」

早朝に相応しい爽やかな声が店内に響き渡った。MDの三沢さんは主婦だがまだ新婚ほやほやである。とてもキュートな彼女はMDのユニフォームがとてもよく似合う。小金井北店はオープンキッチンタイプなので、フロントでMDが動き回る様子は手に取るように分かるのだ。

「こら、MDのケツばっかり見てちゃ駄目だよ」
「は、はい、、ました」

見てないようで濱村さんは鋭く我々を観察している。

「いらっしゃいませ、デニーズへようこそ!」

開店と同時に常連客が3人、4人と入ってきた。多いのはタクシーの運転手だ。
その中の一人がカウンター5番に座った。ちょうどキッチンの目の前である。
三沢さんが素早く水とおしぼりを持っていく。

「いつものね」
「はい、ありがとうございます」

その時だ、おしぼりで手を拭くお客さんが何気にキッチンへ顔を向けた時、私と目があった。

「おっ、あの彼、出世して今日からコックかい」

三沢さんに話しかけている。

「そうなんです」

踵を返した三沢さんが満面の笑みでディッシュアップカウンターへと近付いてきた。
チェックをオーダーリングへ挟むと、勢い良く回す。

「お願いします!頑張ってね♪」
「は、はい」

初めてのオーダーである。卵料理は充分に練習を重ねてきたので自信はあったが、モーニングといえども、実際にお客さんへ提供するとなると、正直緊張する。

「木代、ツーアップ、ツーベーコン」
「春日、ワントースト、ワンパンケーキ」

濱村さんから指示が飛んだ。

「ました!!」

開店後は当然ながらモーニングセットに注文が集中する。Aセットは、トースト、卵、ベーコンに、おかわり自由なデニーズアメリカンコーヒーが付いて380円とリーズナブル。480円のBセットになると、これにハッシュブラウンとジュースがプラスされる。
そしてデニーズの特長は何といっても卵料理にあった。一人前に使う2個の卵をお客さんの好みで調理するのだ。
片面目玉焼き(サニーサイドアップ)、スクランブルエッグ、落とし卵(ポーチドエッグ)、ゆで卵、そして新人には手強い両面目玉焼き(オーバーイージー)等がある。
大概のお客さんはサニーサイドアップかスクランブルエッグで注文してくるが、たまにオーバーイージーが入ると非常に緊張した。何せ両面焼くにはひっくり返さなければならないが、デニーズではこれにヘラを使わず、フライパンを持った手にスナップを利かせてターンさせるのだ。
うまくいかなければ当然潰れて商品にはならなくなる。

「“Aトー”アップ!」

“Aトー”とはトーストAセットの略だ。Aセット、Bセット、どちらもトーストかパンケーキのセットがあって、付け合わせもベーコンまたはポークリンクソーセージのどちらかを選ぶことができる。

ー ピンポーン。

ファミレスの店内で良く耳にする音は“ウェイトレスコール”といって、オーダーした料理ができあがったことをMDに知らせる為にある。

「はーい、ありがとう」

ウェイトレスコールを聞いて三沢さんが足早にディッシュアップカウンターへと近づいてきた。

「AトーとAパンです」
「美味しそうにできてるわね」

照れるやら嬉しいやらで、なんだか落ち着かない。

「そ、そうですか」

料理はすぐにカウンターのお客さんへ運ばれた。どうしても気になってしまい、作業を進めながらもカウンターへと目が動いてしまう。
と、その時だ、
トーストを口に運びながら何気に顔を上げたお客さんが私の方へ向きなおすと、優しい笑顔を投げかけてくれたのである。

ー ありがとうございます!

思わず心の中でスパークする何かがあった。ディッシュアップカウンター越しだが、感謝の意を会釈で返すと、これまでに感じたことのない嬉しさがこみ上げてくるのだった。
自分が作った料理を、実際のお客さんが食べているこの事実は、紛れもない仕事であり責任でもある。
手際よくサラダをアップさせていた春日と目が合うと、

「木代、良かったじゃん」

さすが春日。作業中でもこの顛末を何気に観察していたのだ。しかも彼は自分のことのように喜んでくれている。
ナイスガイだが同時に最大のライバル。彼となら良い意味で切磋琢磨できそうだ。

調布市・小型機墜落事故

墜落事故

7月26日(日)。調布市で起きた小型飛行機墜落事故。警察の捜査が進むほどに、航空会社そして調布飛行場等々のずさんな運営管理が露わになるという、憤慨この上ない内部事情に世の中の厳しい目線が集まっている。

調布飛行場は職場の目と鼻の先にある。この日、ショールームでお客さんと談話していると、突如味の素スタジアムの東側に黒い煙が立ち上がり、その尋常でない様に、何らかの事故ではないかと直感した。

「あの煙、味スタの広場から上がってるぞ」
「カートがクラッシュか?!」

味パンダ広場ではフォーミュラバトルというカートスクールが定期的に開校されているので、最初はそこで何らかの事故が起きたと思ったのだ。
ところが数分も経たないうちに夥しい数の消防車が集結し始め、これはカートレベルなどではなく、明らかにもっと大規模な事故によるものだろうと、先ずは手元にあるPCでYaHooニュースを開いてみたのだ。
そこのトップに掲載されていたのが今回の惨事である。

墜落の原因は分からない。しかし、調布飛行場では禁止されている筈の遊覧飛行が、パイロットの訓練と称して日常茶飯事で行なわれていたこと、提出されていたフライトスケジュールでは必要としない多量の航空燃料を積んでいたこと、当該機を含め全ての保有機に対して慢性的な整備不足があったこと等々、〝果たして運営管理は存在したのか?!〟と疑ってしまうような、どす黒い要素が次々と明らかになってきたのだ。これはどうみても起こるべくして起きた【過失】と言わざるを得ない。

〝これまでなかったのだからこれからもない〟

もしもこんな身勝手きわまりない風潮があったとしたら、これは紛れもない犯罪だ。
日常生活の頭上を飛び交う航空機と道路を走る車とでは、危険を考える上での尺度があまりに異なる。道路にはガードレール、防護壁、更には民家との間に壁がある。一方、空へ向けては風雨を凌ぐだけの屋根しかなく、大きな質量へ対しての防御力はあまりにも小さい。

〝機械は壊れる〟

これ、真理。
私もオートバイ業界に30年近く従事している経験上、機械というものに対し、様々な角度から接し考えてきたつもりだが、世界で最も生産クオリティーが高いといわれるホンダのバイクでさえも、壊れる時は壊れるのだ。
だからこそ、日頃の車体管理が何より大切であり、壊れる前に先手を打てる環境作りこそが安全運行の基本になる。

事故後、プライベート飛行は禁止されたというが、今でも定期便運行は従来通りに行っている。
近隣住民の恐怖心と複雑な胸の内は十二分に分かるところであり、関係各所には〝機械は壊れる〟という考え方、そして眼下にはノーガードの市民生活があるとの現実を再度噛みしめていただき、真摯な運営管理の構築を心から願うものである。

若い頃・デニーズ時代 5

新社会人となり、早くも二週間が経った。小金井北店での生活にも良い意味で慣れが出始め、上司から細々とした指示を貰わなくとも、ほぼ一日の仕事を各自が能動的に取り組めるようになってきた。
但、同時に能力の差や仕事への意欲については、明らかに個々に差が見え始め、特に山口に関しては就労続行に危うさが感じられるようになってきた。

「春日さ、なんでスノコをそこまで白くするんだよ」

スノコはキッチンの床に敷くものだ。油が飛んだり食材が落ちたりと、その汚れ方はけっこう酷く、衛生上のことを考慮して、各シフト毎の磨きと交換は厳密なマニュアルとなっている。
フォワードという青い液体洗剤を使って、デッキブラシで表裏をごしごしとやるのだが、この作業はけっこうな力仕事。スノコの材質は木材だから油汚れは染み込んでしまう。だから表面だけ簡単にサッサとはいかず、何度もフォワードをつけては力いっぱいにゴシゴシとやらなければならない。
充分に汚れを落としたら、あとは外で乾かす。

「なんだよいまさら。ここまできれいにしろって教わっただろ」
「だけどさ、、、」

やる気の無さ、見え見えである。
山口のスノコ磨きは私や春日の倍の時間を費やして仕上がりは半分といったところだ。これについては何度も先輩クック達に注意されているのに、なぜかこの様な愚問が出てくる。

「ハンバーグは解凍するだけだしさ、毎日便所掃除だし」
「なに言ってんだよ、今はスノコの話をしてるんだろ!」

ファミレスはどうせレンジで“チンッ”だろと冷ややかに見る人は多い。実は私もその一人だった。
ところがこうして現場に入り、ファミレスの舞台裏が分かってくると、理にかない、安全で美味しく、そして限りなくシステマチックな現代のレストランマネジメントが明白になる。
“食い物屋は料理”という発想だけではファミレス戦略の核は見えてこない。もちろん料理は最前面に違いないが、それを彩る様々な付加価値を盛り込むことによりリピーターを増やし、その延長として固定客化を計っていくのだ。きれいで居心地の良い店内、何倍でもおかわりのできるアメリカンコーヒー、そして笑顔いっぱいのスタッフ等々、味だけで勝負を掛けるそれまでの食い物屋とは一線を画く世界がデニーズにはあったのだ。

それから一週間後、たまたま加瀬UMと山口が事務所の中で向かい合っているのを目にした。
何やら深刻そうなので、足を止め、様子を窺おうとすると、

「おい、なに覗き込んでるんだ」
「あっ! 濱村さん」

いきなり背後から声を掛けられ、びっくり仰天。
濱村さんは一年先輩で、つい先日UMITの辞令が出た、同期では出世グループに属する有望株である。まあ一年先輩といっても、私は大学を留年しているので、年齢的には同級であるが。

「いや~、なんか気になっちゃうんですよ」
「ははー、山口のことか」

この頃ではアルバイト達も含めて、山口は続かないのではとの話題があちこちで出ていたのだ。だらしない奴とは感じていたが、いちおう研修センターから一緒にやってきた仲間なので、心配でもあったのだ。

「辞めるみたいだよ、彼」
「やっぱり」
「うちの仕事にだって向き不向きはあるけど、判断、ちょっと早いかな」

私も駆け出しの社会人だが、入社してひと月もしない間に、この仕事が向くか向かないかなんて絶対に分からないと思った。退職の理由に、仕事内容、対人関係、肉体的問題、その他諸々があったとしても、これは逃避以外の何ものでもなく、熟思の上での判断とは言いがたい。
“石の上にも三年”という言葉があるが、せめて1年間位は馬車馬となって突き進まなければ、見えるものも見えてこず、人生を泳ぐ為のTipsやノウハウの類はひとつも得られない。
難しいことは考えず、スノコ、トイレ、窓はとにかくぴかぴにすることだ。

「そうそう、マネージャーから直接話があると思うけど、君たち来週からクック始めるからね」

いよいよか。

「二人とも早番からやるんで、朝が早いからな」
「ました!」

写真好きな中年男の独り言