D600 in 奥多摩むかし道

どうしても一度使ってみたかったニコンのフルサイズ。
だが、手にして若しもイマイチだったら相当手厳しい出費となるので、先ずは中古からと、以前から内容の良いものを物色していたのだ。
想像どおりの画が得られれば、改めて最新式購入計画を立てればいいことだし、とにかくあーだこーだと考えてるだけでは精神的に健全とは言い難かったので、この際、後先は考えないことにした。
手に入れたのはコンパクトフルサイズの草分け的モデル“D600”。
D750が発売されたことで二世代前モデルとなり、中古市場では良品を8万円前後で見つけられるようになった。
フルサイズの性能を小さなボディーに詰め込んだD600は、発売当初より購入意欲をそそるものだったし、操作性に関しては、これまでずっとニコンを使ってきたので違和感を覚えることはなく、むしろ高感度撮影や数々の便利機能は撮影の楽しさを増幅させ、第一印象は至極好ましいものだ。

5月3日(火)。数少ないFXレンズである【24-120mm/3.5-5.6G VR】を装着し、初夏の奥多摩・むかし道へと出掛けた。
ゴールデンウィーク中とあって渋滞を心配したが、国道411号は奥多摩湖へ至るまで至ってスムーズに流れ、平日のそれとほぼ同じ所要時間で水根駐車場へと到着。但、いつもと違ったのはとにかくバイクと自転車が目立ったこと。正直、あまりの数にびっくりポン!

奥多摩の森は新緑が加速し、木々を抜けるそよ風は夏の高原を彷彿とする。その気持の良さは例えようもなく、只々深呼吸を繰り返すだけで、笑みが止むことはない。
普段は静かなむかし道だが、さすがにゴールデンウィーク中とあって多くのハイカーを見かけた。単独行、中年夫婦、若い家族連れ、カップル、女性グループと様々。
それにしても、デジイチを持っている人の多いこと。

早速試し撮りを初めると、すぐに気になることが、、、
何故かAFロックが効かないのだ。
取扱説明書に目を通した際、D600のAFモードにはAF-Aなる設定があり、説明によれば「被写体が静止している時にはAF-S、動いているときはAF-Cに自動的に切り替わります」とのことだったので、単純にこれは便利ではと使ってみたが、被写体へフォーカスロックした後、求めるアングルへすかさずカメラを向けると、たちまちフォーカスポイントが変わってしまうのだ。恐らくこのアクションをカメラ側は勝手に動体追従と判断してしまうのだろう。
便利なようで便利でない?このモードは、私の撮影方法にはどうやら不向きらしい。
AFモードを使い慣れたAF-Sへ戻すと、これまでどおりのリズム感ある快適な撮影ができるようになり、ひと安心。
それと基本的なことだが、大きくて明るいファインダーは、それだけで撮影自体を楽しくさせるものだとつくづく感じてしまった。
普段は殆どNikon1 V2を使っているので、その差は歴然。良くなったとはいえ、EVFではもう一歩画作りの感覚が湧き難い。
被写体を捕捉し、じっくりとアングルを考え、息を止めてシャッターを下ろす時の快感はまさに写真好き冥利に尽きるもので、これを味わう度、飽きずに続けてきて良かったと思うのだ。

歩くだけならゴールのJR奥多摩駅まで5時間弱程で到着するが、今回はD600の試し撮りがメインだったこと、そして中山集落で出会ったミシガン州出身のアメリカ人、タッド・ウィルキンソンとの雑談が盛り上がったこと等で、時計を見ればなんと6時間強もかかってしまった。それに161枚はじっくりと操作を味わったうえでの撮影枚数だから、これだけでも随分と時間を食ってしまったのだろう。

フルサイズならではの綺麗なボケは、立体感と空気感というこれまでにない恩恵をもたらしてくれた。
そこでふと考えた。
この“撮る楽しさの再来”は、実は画素数や便利機能などのスペックによるものではなく、長い写真の歴史が作り上げた、35ミリというフォーマットに委ねる安心感が及ぼしているものではなかろうかと。

さて、次はどこで楽しもうか。

庭の花々

花々

我が家の庭にドクダミの若葉がわさわさと顔を出し始める頃、同じくして可憐な色彩をアピールする花々が続々と開花する。
これまでなぜか隔年でしか開花しなっかったモッコウバラが、昨年に引き続き今年も見事な開花ぶりを見せ、玄関回りを明るくしてくれた。
薄紫色の花弁にすらりと伸びた緑の茎がとてもキュートなのは、親戚からいただいたラベンダー。仄かな香りが心を和ませる。
ドクダミの葉の間から顔を出すタンポポは、その鮮やかな黄色に大きな活力を窺え、眺めているだけで元気をもらえそうだ。
そしてお後に控えるのは、昨年鉢植えから直に庭へ植えなおした、その名もお洒落なアジサイ・ダンスパーティー。既に小さな蕾がスタンバイしていて、今から開花が楽しみである。

若い頃・デニーズ時代 16

「西條さん、そろそろ上がって下さい」

西條リードクックは早番だから、正規の退社時刻は午後3時半。ところが時刻は既に5時を回っており、ブレークも取らずに真剣な眼差しでプリパレのチェックを行なっている。

「うん、確認が終わったら上がらせてもらうよ。あとは金城さんに任せるかな」

遅番の応援スタッフである金城さんは本部付けのクックだ。近頃の新店ラッシュの煽りを受けて、全国津々浦々へ飛んでは、こうして開店フォローに当たっているとのこと。西條リードクックとは、以前、神奈川地区で一緒だったらしく、ブレークの時などは昔の仲間の話で盛り上がっていた。

「夜は元気なクックが4人もいるからバッチリですよ」

キッチンは西條さんの指示で、プリパレや各所の補充は完了しており、あとはディナーピークを待つばかりだった。
一方フロントは、各ステーションに3名の新人MDと応援MD1名が配置され、DLも含めれば総勢13名という十二分な人員が配置されていた。もちろんそれにUM、UMITがいるのだから、ウェイトレスステーションに至っては満員電車の様相である。
しかしこのザワザワとした雰囲気はオープンという大イベントが醸し出す特別な空気感であり、そこにいられる嬉しさはこの上ないものだが、同時に大きな責任を背負ったという現実がのしかかる。

「みんないいですか、グリーティングは明るく元気に! オーダーの復唱は確実に! ウェイトレスコールはきちっと確認! そしてバッシングとセットは積極的に!」
「はい!!!」

フロントメンバーの気合が入ったミーティング。
その迫力はディッシュアップカウンターを越えて伝わってくる。スタッフが一丸となった雰囲気は格別な爽快感があり、オープニングメンバーの一員になれた喜びが沸き上がってくる。
それから大凡30分後。来店客が徐々に増え始めてきた。

「いらっしゃいませデニーズへようこそ!、何名様ですか?」
「えーと、5人かな」
「かしこまりました、ご案内いたします。こちらへどーぞ」

ディナータイムとランチタイムとの大きな差は、ワンチェック当たりの品数とピーク時間の長さだ。
ランチは殆どワンチェックに1品か、精々同じランチが3品程度で、急激に盛り上がるピークが一時間強続くが、一方ディナーはワンチェック当たりに複数且つ様々なオーダーが入り、正弦波のようなピークが3時間近くも続く非常にタフな戦いになる。
例えばワンチェック5~6品が一度に数枚入れば、もうキッチンは蜂の巣を突いた状態だ。

「ワンシェフ、ワンツナ、ワンコンボ、ワンピザ!」
「続いて、ツーマルワ、ワンハンバーグシュリンプ、ワンシェフ!」
「もういっちょういきます! ツーマルワステーキ、ワンツナ、ワンエフエフ!」
「ましたぁ=====!!!」
「おっ!またきたぞ! ワンコンボ、ワンクラブサンド、ツーエフエフ!」
「間違いなくちゃんと落とせよ!」
「ました!!」

的確な指示をだせるセンターがいなければ、ディナーピークはこなせない。その点、金城さんは素晴らしい能力を持っていた。小金井北UMITの濱村さんも全体の流れを把握しながら、上手にフォローを入れてくれたが、金城さんはまたそれとも違って、クックの気持ちを煽るというか、猛然とディッシュアップに集中できる場の雰囲気作りが巧みなのだ。だからキッチン中に安心感が溢れ、作業に対して迷いが出にくい。

ー ピンポーン!

「岡本さ~ん、シェフが出たから先に持ってって。それとビールはもう行ったかな?!」
「は、はい、ビールは今から持っていきます」

MDの岡本美子は、今時珍しい化粧っ気のない女子大生だ。出勤時も地味なブラウスに紺のプリーツスカート姿と、他の若いMD達とはちょっと違った印象の持ち主だ。性格は緊張するタイプなのだろう、先ほどのフロントミーティングの際も、皆が笑顔溌剌でグリーティングの練習を行っているのに、一人強ばった表情を崩せなかった。

「いいかい岡本さん、ビールは真っ先だよ。それと、シェフはドレッシングも忘れないでね」
「はい」

金城さんはセンターをやりながらも、ディッシュアップカウンター越しに新人MDへ対し的確なアドバイスを行っている。

その時だ、プレートの割れる音がレジの方向から盛大に飛び込んだ。
同時に西峰かおるが泣きそうな顔をしてディッシュアップカウンター前にやってきた。

「すみませ~ん、ワンライスお願いします」
「慌てなくていいんだよ」

誰かと接触した際にライスを落としたそうだ。レジの脇は1番ステーションと2番ステーションへの出入り口になっていて、スタッフの行き来が最も頻繁になるところだ。

「下地、ライスそろそろセットしよう」
「ました! 着火します?」
「いや、まだいい」
「それから太田さん、ピザとクレオールの残りは?」
「どっちもまだワンシートあります」
「OK、それじゃ至急トスサラとサラダ菜をワンコン作って」
「ました!」

ディナーではサラダの注文が多い。私はコールドテーブルを担当していたが、見る見るうちにトスサラダが減っていく様には驚いた。3名以上のチェックには殆どシェフかツナサラダが入ってくる。
それにしても開店のディナーピークは凄い。20時を過ぎたのに一向に客足が途絶えない。

「みんな頑張れ! このペースなら来店客数800名はいくぞ!」

ギョロ目の井上UMがいつの間にかキッチンの横に来ていた。朝から立ちっぱなしでフロントで指示を出しているので疲労がありありと顔に出ている。

「井上さん、頑張りますね。あとはうちらに任せて上がってください」
「ありがとう。ウェイティングが切れたらそうさせてもらうよ」

それから1時間。これでもかとオーダーが入り続け、一時はチェックが10枚以上も並んでしまったが、金城さんはさすがだ。こんな時も冷静にどれから順番に上げていけばスムーズにこなせるかを把握している。一時ディッシュアップが遅れ気味になったが、そんな時はMDにこんな指示も出した。

「みんな、コーヒー回ってる?!」
「はい、行ってきま~す!」

料理の遅れでイライラするお客さんの心理を考慮し、MDにはなるべくフロントを回らせ、お客さんから声を掛けられやすくするのだ。
この一度のディナータイムにどれだけ多くのことを勉強したか、それは計り知れない。

「小田さんはそろそろ上がってください」
「すみませんね、それじゃお先に上がらせていただきます」

フロントもやっと落ち着きを取り戻し、21時上がりのMDが続々とキッチン脇からバックへと引いていった。

「お疲れさまです」
「あれ、西峰さんも上がり?」
「はい、上がらせていただきま~す」
「初日はどうだった?」
「なんだか分けがわからないうちに終わっちゃいました」
「そっか、、明日も頑張ろうよ!」
「はい、お願いします。それじゃお先に♪」

上がっていくスタッフたちは皆疲れているはずだが、それぞれにやり切った表情が出ていて、それを認めるたびになんだか嬉しくなってくる。チームで事をなす充実感が否応なしに感じられるからだろう。
さて、遅番クックはここからが大変だ。戦場となったキッチンは汚れに汚れ、それは荒ましい。
しかしここできちっと〆の作業を行わなければ、明日、そして今後に影響が出てくるのだ。

「木代、下地」
「はい」
「俺がオーダー受けるから、二人で〆の方、よろしく頼むよ」
「ました!!」

写真好きな中年男の独り言