ゴールデンウィークの山歩き

 最高気温は25℃を越えそうだが、湿度が30%と空気サラサラ。これ以上望むことのない気象予報が出た五月四日(水)。とにもかくにも森に分け入ろうと、POLOを走らせた。ただ、四日はGW後半戦のピークとなる日なので、行先を考えないとカメラに映るのは人だらけになりそうだ。
 ということで、先日歩いた麻生山が閃いた。人気のなさは刈寄山といい勝負だ。先回は初歩きだったので、山中のこまごまとしたところまではチェックしなかったが、渓流あり、展望ありの変化を楽しめるコースだったことは印象に残っていた。小さな渓流や初夏の花等々をじっくりと観察しようと、出発は早朝とした。

 甲州街道の渋滞は日野バイパス入口まで。その後は至ってスムーズに駒を進めることができた。未舗装路を慎重に進んで行くと前方に白岩の滝駐車場が見えてきた。一応GW中だったので満車が気になったが、そんな心配は無用だった。停まっていたのはたったの一台。コースの選択に間違いはなかったようだ。
 支度をしてさっそく出発。“白岩の滝遊歩道”の看板を通過するといきなり空気感が変わった。渓流には鬱蒼とした森の木々が覆いかぶさり、びっくりするほどひんやりとしている。半袖では肌寒いくらいだ。先回では感じられなかったこの感覚は湿度の差だろう。沢沿いの道を上って行ってもそれほど汗をかかないことでも頷ける。そういえば新調したRIVERSの水筒の出番がまだ来ない。

 森はいたるところに芽吹きが始まり、躍動感に満ち溢れている。木漏れ日を反射する初々しい緑がこの上なく美しい。
 麻生平へ出ると、日の出山方面の景色が先回と違うことに気がつく。よく見るとあれだけ点在していた山桜が完全に消え去り、山の斜面は緑のベタになっているのだ。道端の様子からも季節の動きを感じられた。可憐なキジムシロやクサイチゴの花が一斉に開花して目を楽しませてくれたのだ。
「すみません。武蔵五日市から登ってきたんですか」
 前から歩いてきた年配女性がいきなり問いかけてきた。
「いや、白岩の滝ってところからきました」
「そこからって岩とかあって険しい道ですよね」
 彼女、なにか勘違いしている。
「おかしいですね。難しいところなんてひとつもない普通の山道でしたよ」
「あら、じゃ私、道を間違えたのかしら」
「かもしれませんね。それと武蔵五日市だったら、これ真っすぐです」

 金毘羅尾根に入ると、日の出山方面から下ってくる登山者の多いことにたまげる。この分だと日の出山山頂は通勤電車並みの混雑もようだろう。それにしてもいい天気だ。やや霞はかかっているものの、東方面は遠くまでよく見渡せる。
 日の出山頂上直下の取り付きまでくると、またまたびっくり。わんさかと登山者がいるではなか。道標の真ん前にある階段を上るとベンチが三つあるのだが、行ってみると全部埋まっていた。ここで昼飯にしようと考えていたからちょっとがっかり。ところが向かって左側のベンチに座っていた年配男性がいきなり出発準備にかかり始めた。何気に周囲の状況を観察しながら近づいていき、男性がザックを背負った瞬間にタイミングよく腰を入れた。さっそくストーブとやかんを取り出しお湯を沸かす。やられたとばかりに意味深な視線を送ってきた年配夫婦が、あきらめた様子を見せながら階段を下りていった。湯が沸く間に“ワサビめし”を食らう。このおにぎり、もはや山歩きの定番。つーんとくるところがなんとも食欲をそそる。
 日陰のせいもあるが、座ってじっとしていると寒くなる。ウィンドブレーカーを取り出し羽織ると、ちょうどよかった。それにしても右手の頂上から続く階段を見上げると、とめどなく登山者たちが下りてくる。恐らく山頂で昼飯にしようとしたが、どこにも座るところがなく、致し方なくスルーして下ってきたのだろう。頂上までの途中に、ここと同じくベンチが何脚か設置してあるところがあるが、間違いなく満席状態だろう。いつもの平日山歩きが如何に和めるものか、改めて反芻した。

 ここからR184へ至るまでは、歩きやすい下り坂が延々と続く。R184へ出ると道は平井川に沿うようになり、白岩の滝入口まで清涼感を保ち続けてくれる。笠取山の時もそうだった。下山時は殆ど渓流に沿った道になり、景観の変化がふんだんにあって一時でも飽くことがなかった。それを考えると、大崩落によって山道が何メートルにも渡って埋もれてしまい、大丹波川上流域から踊平へ至るエリアへ容易に足を踏み入れることができなくなったのは残念然りだ。蛇行したせせらぎとそれに架かる古ぼけた木の橋。濃縮された緑と苔が織りなす幽美な一角は、今でも心を虜にする。
 一度埼玉県側からトライしてみる価値はありそうだ。

ソロではない山歩き

 久々のソロではない山歩き。いったい何年ぶりになるだろう。
 相棒はHさん。職場の元スタッフだ。久しぶりに会ったので、おしゃべりに花が咲き、息も絶え絶えの急登中でさえ、ああだこうだと話題が尽きなかった。それが無性に楽しいのだ。
 今回は時間を多くとれないう制約の中、中央線の遅延のために、登山口への到着時刻が一時間も遅くなってしまい、古里から大塚山へ登ると、そのまま御岳のケーブルカーで下山する極々短い行程になってしまった。もっとも午後から降雨率が上がるとの予報が出ていたので、結果的にはちょうど良かったのかもしれない。

 四月二十一日(木)。三鷹駅の改札を抜け、中央線下りホームへ降りようとすると、なにやらけたたましい音が鳴り響いている。ホームの柱付近に駅の職員数名が集まり、なにやら慌ただしい。脇を通ると年配男性が倒れていて苦しそうにしているではないか。急病人への対応中だったのだ。発車すべきの下り電車は停まったままで、多くの乗客が騒動へ目線を送り固唾を飲んでいる。そしてこの一件が今日の山行を狂わせた。
 しばらくするとHさんが乗る下り電車が到着。どんな山スタイルで現れるかと、ちょっと興味を膨らませていると、さすがにスタイリッシュ。昔から隙のないお洒落がイメージだったHさんだけに、普段の街着としても通用するセンスの光る装いなのだ。

「おはようございます」
 急病人の一件を伝え、九分遅れになった青梅行き直通に乗り込んだ。終点へ到着するまでたわいのない会話が続く。現スタッフの近況、ハーレー業界のこと、Hさんが新しく始めた仕事のこと等々、気がつくと車窓はローカル色が濃くなっていた。青梅駅のホームへ降り立つと違和感を覚える。
「あれ?奥多摩行きが停まってないな」
「ちょっとまってください」
 Hさんがスマホでなにやら検索している。
「部長、やばいですよ。次の奥多摩行は一時間後です」
 なんとなく嫌な予感がしていた。YaHooの路線情報で今日のダイヤを調べていた時、青梅駅へ到着後、奥多摩行へ乗り換える際にそれほど時間がなかったことを思い出したのだ。三鷹駅での騒動のおかげで中央線下りに遅延が発生し、三鷹駅七時一分発だったはずの下りが七時十分と九分遅れになっていた。たったの九分であるが、青梅駅での乗り換えに要する時間は七分だったので、なんと奥多摩行は二分前、既に発車していたのだ。もともとHさんは夕方四時に自宅へ戻らなければならない用事があったので、この一時間のロスで山行計画を調整する必要が出た。当初は古里から大塚山~御岳山~日の出山と至り、昼食後は御岳へ戻ってケーブルカーで下山するというものだったが、前述のとおり日の出山をカットし、大塚山で休憩・昼食をとったら、そのままケーブルカー乗り場へ直行することにしたのだ。
 登るだけの山行になったが、見ごろを過ぎたミヤマツツジや山桜もまだまだ十分な美しさを保っていて、目を楽しませてくれた。
「ここ、きれいですね。こんど子供を連れてこようかな」
「危ないところはないからいいんじゃない」
 Hさんには今春小学二年生になったお嬢さんがいる。

 いつもとやや毛色の違った山歩き。これからも一人で歩くのが殆どだろうが、相方がいると楽しさを共有できるところがあり心が弾んだ。自分が見てきれいだなと感じた景色を、相方も同じような感慨で示してくれると嬉しいもの。
 GWが過ぎたあたりに、もうちょっと西のエリアをご一緒させていただこうか。

麻生山・つるつる温泉はR184沿い?!

 真夏か?!そう思えるほどの熱波が山肌を覆った。
 四月十三日(水)。連休唯一の晴れと出たので、新たな山でも歩いてみるかとPOLOを走らせた。

 何度立ち寄ったか覚えてないほど馴染みのある日の出山頂。御岳山~日の出山~梅ノ木峠と、縦走の一通過地点ではあるが、眺めがよく、小さいが東屋もあるので、格好の休憩ポイントとしてよ常々利用してきた。西武ドームから新宿副都心、条件が良ければスカイツリーまで望める大展望は飽くことがない。ただその際、右手に円錐状で形の良い山がいつも気になっていた。逆にその山から日の出山を眺めたらどんな感じであろうかと、その山、つまり麻生山へ登ってみた。

 スタートは白岩の滝。路肩だが町が指定する駐車スペースがあり、五~六台なら問題なく停められそうな広さだ。“白岩の滝遊歩道”と称する山道は、渓流に沿って延びているので、涼しく快適。また目を楽しませてくれる変化にも富むのだ。
 最近どうにも調子がいまいちな膝。こいつをカバーするため、トレポを最初から使うことにした。連続する上りで大汗をかきながらも、両腕が疲れてくるほどグリップへ力を込め続けた。

 渓流沿いの道が終わり、一旦林道に出て再度森へ入り込むと、途端にムッとする空気感に変わる。とてもではないが四月の中旬とは思えないほどの強い日差しだ。樹林帯は日陰で涼しいが、尾根筋に出ると、すぐさま汗が噴き出てくる。ここまで気温が上がるとは思わなかったので、用意した水は500ml×三本。この汗のかきようだと恐らく足りなくなるのではと、ちょっと心配になってきた。
 六名のオフローダー達がが休憩していた麻生平を通過すると、まもなくして麻生山への道標が現れた。頂上直下からはどこでもそうだが、急登になる。斜度がきついうえに乾いた土なのでスリップしやすい。
 頂上からの見晴らしは日の出山のそれと甲乙つけがたい素晴らしいもの。その日の出山や梅ノ木峠が真正面に見える。相変わらず日差しは強いが、ここは風が通るので多少過ごしやすい。奥多摩の山々へはけっこう分け入っていると思っていたが、まだまだ良いところはたくさんあるのだ。
 大昔に一度歩いたことのある金毘羅尾根から日の出山へと向かった。東側が開けているので、山々の斜面に開花真っ最中の山桜がよく見える。しばらく行くと日の出山の取りつきに出た。あとひと踏ん張りだ。

 七名の男性グループ、単独男性一名、夫婦者三組、年配女性ペア一組と、相変わらず日の出山の山頂は賑やかである。梅ノ木峠方面、五日市方面、そして御岳山方面と、様々なルートがここで交わり、且つ眺めの良い休憩ポイントだからこの賑わいにも頷ける。うまいこと東屋のベンチが空いたので、涼しい日影で昼食をとることができた。南へ目をやるとさっき登った麻生山が見える。結構な距離感があるのだが、山道が良く整備されていて歩きやすく、ここまでストレスなく辿り着けた。それにトレポのおかげか、膝に痛みは全く感じず、脚の筋肉疲労もすこぶる小さいので、気分的にはずいぶんと余裕が生まれた。

 日の出山登山口バス停まではひたすら下りである。露出する木の根は若干多いものの、山道に荒れたところはなく非常に歩きやすい。膝の好調もあっていつになくペースが上がった。
 一時間もしないうちに山道が終わり、舗装路に出ると、道沿いにたつ小屋が目に入った。通過する際に入口へ目をやると、何やら焼き物の食器が無造作に置かれていて、“どれも100円”と記した札がある。興味を惹かれて入ってみると、ありきたりな食器ばかりでどれもろくなものではない。ところがふと左手を見ると、魚や亀の形をした、楊枝入れ?、はたまた箸置き?のようなものが籠にたくさん盛られている。ぱっと見には面白そうだったが、よく観察すると奇怪である。買おうかどうしようか一時悩んだが、ザックをおろして財布を出すのも面倒だし、またここへ来ることがあればその時は買ってみようと、再び歩き出した。
 あとは私を待つPOLOを目指して一直線だが、この舗装路歩きが単純で面白くない。救いは道に沿ってきれいな川が流れていたので、時々その流れに目をやり気を紛らわした。
 しばらくすると大きい道路との交差点に出た。案内表示があり、左へ折れるとつるつる温泉とある。実はここで大きなミスを犯してしまったのだ。“つるつる温泉はR184沿いにある”と、何故か鼻っから思っていたのだ。だからこの交差点を左折し、つるつる温泉の先にある日の出山登山口バス停を目指したのだ。ここまですっと下りだったのが、左折してからは一転上りに変わった。この時「上り?」と、ちょっと違和感を覚えたが、頭の中にある<つるつる温泉~日の出山登山口バス停~白岩の滝入口>は確固たるものだった。長く歩いた後の上りは正直きつかったが、もうすぐゴールという一念で最後の力を振り絞った。

 ところがである。視線の先に遮断機が現れたのだ。もちろん通行止めのそれである。ちょっとだった違和感が膨らみ始めた。「ちょっと休憩しよう」。残っていた最後の水を飲み干し、ポケットから地図を取り出す。老眼なのでA3まで拡大した見やすい地図だ。落ち着いてルートを辿ると、「え?! マジかよ」。確信していた“つるつる温泉はR184沿いにある”が実は間違いだったのだ。このままずっと行くと、九十度の方向ミスになり、な、なんと梅ノ木峠へ至ってしまう。何のためにこんな見やすい地図をわざわざ作って持ってきたのか、あまりに情けない自分に嫌気がさしてきた。こんなことではいつか遭難してしまうに違いない。
 十分間ほど道にへたり込んだ後、一度深呼吸してから立ち上がり、今上がってきた道を今度は下って行ったのである。