払沢の滝から浅間嶺へ

 厚い雲が垂れ込み、時には雨もぱらつき、朝夕は初夏とは思えないほど気温が下がる。こんな状態が二週間も続き、休日も殆ど家にこもりがちだった。そんなある日、ふとウェザーニューズをチェックすると、十九日から雨マークが無くなっているではないか。うまい具合に初日の十九日は定休日であり、さっそく山行計画を立てることにした。
 本調子とまではいかないが、なんとか膝の痛みも和らいできたところだったので、歩行のみで四時間ほどのコースが無難だろうと、昨年の秋に好印象だった浅間嶺を、今度は払沢の滝から周ってみることにした。先回は上川乘バス停からのピストンだった。

 払沢の滝駐車場に到着すると、驚いたことにずらっと車が並んでいる。見ればほぼ七割が埋まっていた。登山口として人気があるのだろう。単純に滝見物だけでは、午前九時という早い時間から訪れることはないだろう。
 地図を再度確認してから出発。そのまま舗装路を上がっていくと、登山口はすぐに見つかった。鬱蒼とした森は陽光を遮断し、長袖Tシャツを着ていてもちょっと肌寒い。駐車場からは、単独年配男性、中年夫婦、そして私がほとんど同時スタートした。

 コースの前半ではいくつかの民家の脇を通る。“ポツンと一軒家”ではないが、凄いところに住んでいるなとつくづく思うと同時に、いかようにして生計を立てているのかと考える。庭先に畑もあるが、きつい斜面だけに面積はとても小さく、農協へ出荷するほどの収穫量は望めないだろう。そうなると周囲は山々につき、やはり林業か。はたまた町まで下っての仕事だろうか。

 舗装路をしばらく行くと峠の茶屋が見えてきた。茶屋の前からは北側の山々が広く見渡せ、嬉しいことにベンチもある。先行の単独男性がそこで一服入れていたので、私も隣のベンチで小休止にしようと腰かけた。すると見計らったように立ち上がって出発していった。なんとも陰気な感じのするおっさんだ。その数分後には中年夫婦が追いついてきたが、ここはパスらしい。茶屋の脇から少し下ると再び登山口が現れ、ここからようやく本格的な山道になった。

 樹林帯が終わると尾根をトラバースしていく明るく開放的な道になる。右側が開け、馴染みの御前山や大岳山を見ながらの山歩きとなり気分爽快。先に目をやると、中年夫婦の姿、そしてさらにその前を行く二人連れの姿が見える。見晴らしがいいので何度も立ち止まって撮影を行ったが、このトラバース道での脇見は禁物。道幅が狭く、足を踏み外したら、確実に十数メートルは滑落し、下手をすれば怪我だけでは済まなくなる。
 再び森の中へと入り込み、そこからしばらく行くと松生山への分岐が見えた。浅間嶺の頂上はもうすぐだ。

 やはり浅間嶺は人気の山。最後のひと踏ん張りで頂上へ出ると、いるいる、大勢のハイカーたちが。一緒に歩いてきた単独男性と中年夫婦の他に、年配四人組、若い単独男性が二名、年配夫婦、そして単独おばあちゃんと、私を含めて十三名。日の出山山頂に匹敵するほどの賑やかさである。例の陰気な単独男性がかけていたベンチの隣がうまいこと空いたので素早くゲット。晴天微風という好条件だったので、今回は一時間弱と、いつになく長い時間をここで過ごした。景色を眺めているだけでこれだけ豊かな気分になれるのは嬉しいもの。改めて山と森のありがたさを思う。

 払沢の滝入口は駐車場に設置されたトイレの脇にある。下山すると間を入れずに滝まで行ってみた。疲れた体ではあったが、滝まではそれほど距離もないし、途中、森の中に忽然と現れた郵便局には驚いたが、滝壺から始まる川の流れも一見の価値がある。
 到着してみると、それほど大振りではないがきれいな滝だった。滝壺の周りには五名の見物人がいて、皆同じようにスマホを向けていたが、三十歳代と思しき女性が、ただ一人ひたすら水しぶきを見つめて微動だにしない。奇妙に感じ、ちらりちらりと観察していると、そのうっとりとした表情からは、まるで大好きな彼氏と一緒にいるような安堵感も伝わってきた。世の中にはここまで滝が好きな人もいるのかと感心した。

 麻生山に続く新しいルートを歩いてきたが、やはりいろいろと発見があって楽しかった。このエリアは檜原村に属し、深い自然だけではなくそこに住む人の生活が感じられるのも魅力の一つ。御前山や大岳山方面を眺めてみても、その裾野には多くの民家や建物が点在していることがよくわかる。東京都でありながら、ここには山と生きる民が歴史と共にしっかりと根付いているのだ。


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