若い頃・デニーズ時代 87

「なんか決まってないっていうか、ダサいっていうかさ」

菅村DMが、雁首並べたUM達をじろじろと見まわす。
それも頭から足の先まで丹念にである。

「もっとさバッチリ決めようぜ。大阪西は着ているものも揃えてかっこよくいこうよ」

急に何をいいだすかと思ったら、身なりのことらしい。
しかし、見回しても全員スーツまたはブレザーで、変哲もない装いである。

「新田さあ、Yシャツの襟がクルっと上向いちゃってるけど、気にならないか」
「カッターシャツの襟ですか」
「そうだよ。それから近藤。お前の靴、汚ったねえしヨレヨレじゃんか」
「すいません、新しいの買いました」

確かに近藤さんの靴は汚い。もっとこまめに磨いた方がいい。しかしUMの職務上、キッチンへのフォローも多々あるので、靴はどうしても油やソースで汚れがちになる。週末のピークに1時間もセンターへ立てば、間違いなくドロドロだ。

「前のエリアでもバリッと揃えてたんだよ。シャツは白のボタンダウン、そして革靴はウィングチップでね」

なにそれ?しかも強制?!
場にざわめきが立った。

「つい最近、靴買ったばかりですよぉ」
「つべこべ言うな。靴なんて腐りゃしない」

改めて菅村DMのいでたちを見ると、確かにシャツはボタンダウンだし、靴もウィングチップである。

「“なんとかチップ”って、どんな靴ですか」
「俺のを見ろよ、こういうデザインだ」

さっと立ち上がって一歩引き、皆がよく見えるようにポーズをとった。

「決まってんだろ、この感じ」

どうやら単純にトラッドスタイルが好きらしい。
ところがどんなに装っても、この猿面では台無しだ。やはりこの男、生理的に受け入れられない。

「1ヵ月後の全店会議にはさ、バッチリ揃えてかっこいい大阪西を見せてやろうぜ」

菅村体制となって最初の全店店長会議が迫っていた。
他地区のUMとも交流でき、社会全般の景気、外食産業の動向、そしてその中で我デニーズジャパンがどれほどのポジショニングとなっているかがプレゼンされるこの会議は、結構楽しみなところもある。西宮から浜松町まで赴くのは大変だが、帰りは同僚たちと缶ビールを片手に、ああでもないこうでもないが、実に楽しいし盛り上がる。
しかしどうだろう。確かに春本DMの時は誰もが和気あいあいを感じていたが、新体制になってからは、UMが集まると決まって菅村さんの悪口が始まった。
シャツと靴の件などは、その話題の最たるものになっていた。

「見え見えだよ。外観からエリアの統制がとれてるようにアピールするわけでしょ」
「やり方が子供っぽいんだよ」
「いってることは無茶苦茶だし、あんな品のないDMってのも珍しいんじゃないの」

こうなるとチームワークもへったくれもない。DMにまとめる力がないとエリアはぐらつき出す。
何れにしても、ボタンダウンとウィングチップは命令だったので、致し方なく貴重な休みを使って三宮まで調達に行ったのだ。

「三宮まで出るとやっぱりにぎやかだね」

家族3人で三宮見物である。
麻美の育児ストレスが少しでも解消できればと、休みには必ず家族で出掛けるようにしていたが、そのほとんどがマンションから近いところだったので、たまには繁華街へ出て、おいしいものでも食べようと、今回は阪神電車に乗って繰り出した。
朝夕には秋の気配も感じられるこの頃。神戸の街並みも落ち着きを取り戻し、歩いているだけでも清々しい気分になってくる。ベビーカーに乗る絢子も何気に楽しそうだ。
目的の買い物は早々に済まして、美味いものを探しに南京町へと向かった。
ご存じのとおり南京町はチャイナタウンである。但し、横浜中華街の雰囲気を想像すれば大分寂しい感じだ。
先ずは規模が小さいし、メインロードから枝のように伸びる路地は狭く暗く、小さな店はあるにはあるようだが、ちょっと足を向け辛いムードが漂っている。

「ほら、あそこの屋台、豚まん売ってる」

豚まんとは、いわゆる肉まんのことだが、ここのはサイズが小さいのが見た目の特徴だ。しかし肝心の味は極めて評判がいい。

「あれ買ってさ、そこの広場で食べようよ」
「いいかも」

南京広場だけは人の往来があり活気に満ちている。東屋の石のベンチに腰掛け、豚まんを広げた。いい香りが立ちこめる。

「おいしい!」
「いくらでも食べられそうだな」

人事異動で越してきた新天地。最初は不安だらけだったが、意外や住んでみると空気感が妙に合った。
先ずは街のサイズがちょうどいい。東京は如何せん大きすぎ。そして身近に自然があって癒されるところも大きなポイントだった。六甲山系は目の前だし、その反対側には海もある。ショッピング等々だったら、東の梅田、西の三宮と、どちらも近くて便利この上ない。

「新しいDMはどうなの」
「相変わらずさ。ほかの店長もみんなぼやいてるよ」
「DMも必死なんじゃないの、評価を上げようって」
「そりゃ分かるけどさ、やり方がね……」

三つ目の豚まんを口に放り込むと、何気に西宮へ赴任するまでの経緯が頭の中に浮かんできた。
沼津店、そして沼津インター店での業績を評価され、再び新店オープンを任されることになったが、この頃思うに、これは純粋な評価からの抜擢ではなく、あくまでも便宜上の意味合いが濃いのではなかろうか。
高田馬場店から芽生えた会社不信、上司不信、そして結婚して子供を授かり、家族への責任が大きく圧し掛かった今の立場を考えると、これからのことをまじめに考え直さなければならない時期にきているのではと、常々思うようになっていた。

「それよりさ、西宮はどうよ、馴染めそう?」
「親切にしてくれるご家族もいるけど、どうかな」

デニーズの組織人だからこそ、地元東京から遥か遠方の西宮で生活を営んでいるのだ。しかし組織から離脱すれば、何の関わりもない土地になる。
振り回されている。そう、これまで完全に振り回されてきたのだ。


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