若い頃・デニーズ時代 86

「菅村です。これからよろしくお願いします」

身長は170cm以上ありそうだ。体格も均整がとれていて、一見さっそうとした印象を受けるが、よく観察すると、地黒のうえに顔が怖い。額が妙に狭く、深いしわが何本も横へと伸び、おまけに鼻はつぶれ気味なので、よくあるボクサー面だ。しきりに笑顔を出そうとしているが、目は笑ってない。
恐らくこのタイプ、性格的に合いそうもないし、なんとなく嫌な予感もしてくる。

「みんなで成果上げて、本部をあっと言わしてやろうよ」

先ほどからしきりに士気高揚すべくアプローチをかけてくるのだが、空回り感は否めない。見回せばUM達の表情は固いままだ。空気の読めないやつは、本当に弱ったものだ。

「おいおい、元気ないな~、大丈夫かよ」

このあと菅村DMの簡単なプロフィール紹介と、関西地区全体の現況数値の説明があり、続いてUM達からは簡単な自己紹介と自店の現況報告が行われた。

「そうか、パンの発注ね」

たまたま二人のUMより、パンの鮮度に関しての話が出たのだ。パンは食材の中でもダントツに鮮度管理が難しく、発注過多ならコストが上がるし、コストを考えれば、新鮮さに欠ける品が提供される。もちろん発注が足りなければ、ご法度である品切れが発生してしまう。

「新田のところはパンの発注、どうやってる」

池田店のUMだ。

「パーストックですかね。ホワイトはまあまあの回転ですが、ディナーロールとライブレッドが難しいかな」
「近藤のとこは」

次は田島店UM。

「うちもパーストックですが、ホワイトも上下幅が大きいですかね。さき入さき出に反しますけど、野菜サンドには新しいもの、ホットサンドにはやや時間が経ったものを使って調整してます」

我中前田店もほぼ同じである。平日、土曜、日曜祝祭日それぞれのパーストックが決められており、在庫と照らし合わして適量を発注するのだ。

「月並みだな。もう一歩進めてみようよ」
「だったら一度、現況を数値化して、対策案のヒントにするってのはどうでしょう。曜日別でパンの実使用料をカウントしてみるとか」

いきなり谷田さんから意見が出た。しかし自店の正確な数値を把握することは、いずれにしても無駄にはならない。
MDが上がる際に行う伝票のカウント。この時にパンの使用量を別表に記入してもらえば造作もないことだ。

「実使用量から個別のパンの生産性を算出すれば、売上予測をベースに発注量を決められるんじゃないですか」

さすがエリアの知恵者。谷田さんの意見は的を得ている。

「谷田、いいこというね~」

菅村DMの細い目が一瞬パッと開き、光った。

「それやろうよ。大阪西の柱でいこう。バッチリ成果出してさ、本部長から評価もらおうぜ!」

突発的な成り行きでパンの発注改革が始まったが、会議後、谷田UMはバツの悪そうに、「ついついノリで言っちゃってすみません」を皆に連発していた。自分のせいで、各店に仕事が増えたことへの陳謝だろう。
それにしても菅村DM、実に分かりやすい男だ。“本部長から評価もらおうぜ!”は、まさに己の為。見え見えである。
それはさておき、手始めとして各店2週間、正確なパンの実使用量をカウントして、毎日DMへ報告を上げることになった。

さて、前述の“パンの生産性”について少々ご説明しよう。
これはいたって単純なもので、その算出法は以下となる。
【一日の売り上げ:30万円、実際に使ったバンズの数:8個】だったとすると、
30万円÷8個=バンズ1個当たりの生産性:37,500円となり、
明日の売り上げ予測が50万円だったとしたら、50万円÷37,500円=バンズの必要数:14個
本日夕方のバンズの在庫が3個なら、あと11個必要となり、バンズは1パック6個入りなので、発注量は2パックとなる。
生産性の値は平日と祝祭日、そして各店舗によって異なってくるので、カウントは正確性を要する。
そして最も大切なのは売上予測だ。予測の差異が大きければ、今回の発注計画はうまくいくはずもない。
中前田店は安定した売り上げがあったので、比較的予測はやり易かったが、やはり天候には少なからず影響をうけるので、天気予報には留意しなければならない。

今回のパン発注法は極めてベーシックであり、そもそもパーストック量はこの生産性に基づき設定される。
それをわざわざ毎日売上予測のうえ発注量を決めると、その都度DMへ報告をしなければならず、はっきりいって面倒極まりない。もっとも祝祭日の発注に関してはメリットありと思っているが、反面平日の売り上げに大きな凹凸はないので、誰が考えたってパーストックの方が絶対に利口なやり方であることは明白だ。そのせいかエリアの士気は全く上がらなかった。
この発注法を必要以上にアレンジ誇張させ、「私達は画期的なことをやってますよ!」と、その意気込みを本部に伝え己の評価を得るという、組織人の嫌らしさだけが見えてならないのだ。

「新発注法から2週間がたったけど、どうよ、各店」

鋭い眼光がUMの面々を舐め回した。
しかし各店共々それほど評価できる結果は出ていなかったのだ。

「木代んとこはどんな感じ」

きたか。

「新発注法に代えてパンの鮮度が上がったとはまだ言い難いです」
「なんで」
「売上予測が難しいですね」

急にDMの表情が険しくなった。

「谷田はどう」
「同じですかね。今のところ大きな改善はありません」
「そうか……」

更に表情が険しくなり、爆発しそうにも感じてきた。

「お前たちさ、まさか俺に黙ってパンの貸し借りや、他から調達なんてしてないよな」

みんなうつむき加減だ。

「おかしいじゃねえか。おいっ、川野辺。お前んとこのホワイトの発注量と在庫カウント、どうみたって辻褄が合わないよ。俺には分かるけど、2回や3回の品切れは起こしてるはずだ」
「そんなことないですよ」
「なにいってんだ、品切れ報告したら俺に怒鳴られるって思ってんだろ。今の段階はさ、そんなケチなこと考えないで、まずはシステムを完成させることが先決だろうに。これがうまくいくようになれば、次は野菜やデイリー物へ広げられるだろ、そうなりゃ営業本部長賞もんよ!」

最後の“本部長賞もん”。いわなきゃよかった。
再三の話だが、ふたこと目には必ず“評価”が入る彼の言い方は、血気盛んな新入社員相手なら頷けても、我々ベテランUM達を手懐けようとするならば、あまりにも薄っぺらいのだ。


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