千本浜を歩く・撮影旅

17年も続けてきた夏の一泊一人旅。ところが今年はコロナ禍の影響で、東京から出ることがモラル的に憚れた。
しかし実際に出かけられないとなると、出かけたい欲求は果てしなく拡大する。そのうち世間の見方も徐々にこなれてくるだろうと、仕方なく8月は撮影行の計画作りに専念した。

待つこと9月の半ば。10月より東京もGoToキャンペーンの対象になるという政府の動向が流れ出た。このようなインフォメーションは人々の心を軟化させるものだ。これに乗じ、私もかねてからの計画通りに、西伊豆の雲見に宿をとり、撮影ポイントの絞り込みを始めた。

夕日の撮影は浮島海岸と決めていた。そもそも西伊豆は夕日のメッカであり、特に美しく見ることのできるのは春と秋の彼岸の頃なのだ。よって9月29日一泊は良い頃合いだと期待は膨らむ。それと宿は雲見なので、この機会に温泉街の象徴でもある標高162mの烏帽子山に登り、山頂からの360度ビューをカメラに収める予定だ。
そしてもうひとつ。子供の頃に住んでいた沼津の千本浜界隈をじっくりと歩いてみること。思い出に浸りながら、昔と今の差異をしっかりと確認したいから。
沼津から実家のある武蔵野市に戻ってから早くも50年の月日が流れていた。まさに半世紀である。

釣竿を片手に家を出たら、子持川を渡って千本郷林を突き抜ける。更に目の前の堤防へ上がれば待っているのは大海原。そこから港方面へ進めば、馴染みの釣り場「赤堤防」が右手に見えてくる。いつものことだが、既に十数人の釣り人が糸を垂れている。
子供の頃、大好きな釣りに行くのに数えきれないほど通った道だ。

港公園の駐車場へPOLOを停め、<D600+SIGMA24-105>を肩にかけると、その馴染みの道を辿ってみた。
保育園の脇を抜け、文学の道を横断すると、すぐさま静けさに包まれた。千本浜に打ち寄せる波の音と、時たま通る車の走行音が唯一の音源だ。この界隈は当時から人通りが少なく、閑散とした印象が強かった。
千本郷林は比較的大きな屋敷が多く、もともとは富裕層の住むエリアだったようだ。今もある宿泊施設「沼津倶楽部」は、敷地内に国の有形文化財に登録される建造物を有し、ある意味千本郷林の文化レベルの象徴と言えるところで、この立ち位置は現在でも変わってないと思われる。

歩を進めていくと、その比較的大きな屋敷も含めて、立ち並ぶ住宅に人の気配が余り感じられない。つまり空き家が多いのだ。この状況を生んだ経緯は定かでないが、寂寂たるかつての街並みを目の当たりにすると、興隆の儚さがじんわりと伝わってくる。
釣り場も同様だった。
その昔、赤灯台が立つ堤防の付け根には、波打ち際に沿ってテトラポットが多数積まれていて、危険だとは分かっていても、友人達とタモ網を片手に、波しぶきを浴びながら小魚を採りに入り込んだものだ。そんな遊び場も現在は完全に埋め立てられてしまい、巨大な廃棄物置き場と化している。昔の面影の欠片も感じ取れないこの光景は、ちょっとばかり辛い。
因みに当時住んでいた東京電力の社宅は、とうの昔に取り壊され、今では月極めの駐車場へと変わり果てていた。
しかし唯一の救いもあった。中学校の時の通学路だった子持川沿いの道が健在だったこと。
改めて歩いてみると、次々に青春時代の出来事が思い出されてくるから嬉しくなる。それと社宅の近所にあった教会は、建物の一部を除いて昔のままの佇まいを見せてくれ、あまりの懐かしさに、中々その場から離れられなったほど。
そして千本松原公園まで来た時、公園入口の左脇にある空き地に目が停まった。その向こう側には彼岸花が群れなして咲いている。
実はこの空き地、小学校時代の親友だったT.Fの実家の跡地なのだ。実家といっても一般的な家屋ではなくて、両親が割烹寿司店を営んでいて、立派な店構えから察して羽振りの良い一家だったのだろう。T.Fはひとりっ子だったから随分と大事にされていて、服装ひとつを取っても、同級生の子たちとは一線をかく、小ざっぱりした品の良いものだけをいつも身に着けていた。
但、本人は遊びも勉強もやたらと大雑把で、見方を変えるとだらしない奴ともいえた。
しかし、根は優しい心の持ち主なのだ。

いつだったか、彼と二人で釣りに行った時、当時、自律神経失調症に苦しんでいた私は、たまに突如腹がねじれるように痛くなることがあった。その時も一応の釣果を上げたので、そろそろ帰ろうかと支度をしていると、急に冷や汗が出てきて目眩もするようになった。私の変化に気が付いたT.Fは、何度となく大丈夫かと気遣ってくれ、治らないようだったら家まで背負っていってやると力強く言ってくれたのだ。彼はがっしりした体つきをしていて、確か柔道もやっていた。よって痩せっぽちな私などおそらく軽々だったんだろう。
何れしてもその言葉がすごく有り難く感じ、一瞬、ウルっとした。
この空き地を見ていると、当時の情景が目の前に現れ、まるで昨日のことのように感じてしまった

ー あいつ、元気にしてるかな。

昼近くになるまで懐かしい街中を歩き回った後、西伊豆目指して再びPOLOを走らせた。


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