若い頃・デニーズ時代 74・結婚

年を越した月末に結納を交わし、挙式も正式に5月と決まった。会場は日本武道館の隣になる九段会館である。
麻美は元々東京の出身で、親せきは全て東京方面在住だったので、当初から双方の招待客の利便性を考えて場所は東京と決めていた。仲人は私の叔父に、そして木代側の主賓は小寺さんにお願いした。
ただでさえ少ないのに、休日は披露宴の打ち合わせや新婚旅行の段取り等々で慌ただしく消えていき、挙式まではそれこそあっという間だった。

当日は忙しい中、坂下さん以下東海地区UM全員、そして田無店以来の友人となった堀之内さんにもご足労いただき、小ぢんまりではあったが、心に残る式を挙げられたと思っている。
新婚旅行の出発は、日程の調整が取れなかった為に挙式の10日後とした。行先は南国グァムのPIC(パシフィックアイランドクラブ)。人生初となる海外旅行である。この旅行に当たっては、某海外航空会社の日本支社長を務める麻美の叔父さんが全面的に引き受けてくれた。

「少しでも安く行ける方法ってありますか」
「それならビザを自分たちで取りに行ったらどお。ちょっとだけど手数料をカットできるからね」
「それいいっすね。どこで取るんですか」
「アメリカ大使館だよ」

こんな事がなければ、アメリカ大使館へ行くことなどない。経費が掛からない云々より、この目でアメリカ大使館をじっくり観察できることの方がよほど価値がある。
てなことで麻美と二人、行ってきた。

敷地内へ入ると、そこは紛れもないアメリカだった。
匂う、匂うのだ、これまで嗅いだことのない匂いが。外国へは一度も行ったことがないのに、この匂いが外国を連想させるのだ。本当に不思議な気分である。
事務所の入り口に立っているごッつい警備員は黒人、その先に見えるカウンターの奥には金髪の女性事務員、考えれば当たり前な光景なのに、恰も映画を見ているような気分に陥てしまう。
バックから書類を取り出し、受付の列に並んだ。

「ねえ、この匂い、アメリカの匂いかな」

麻美も感じていたようだ。

「かもね」

成田空港から快晴の大空へ向かって、コンチネンタル航空のジェット旅客機が力強く上昇していく。
実は飛行機に乗るのも初めてなので、これには興奮。機体が宙に浮かんだ時などは、思わず“おーっ”と声が出てしまった。
暫くするとスチュワーデスが爽やかな笑顔を発散しながら飲み物満載のワゴンを押してきた。機内サービスだ。
エキゾチック溢れる美人揃いで何とも嬉しくなる。東南アジア系のやや褐色の肌はやはり魅力的。この後暫くしてコンチネンタル航空名物の、スチュワーデス全員による機内ファッションショーが行われた。さすがに民族衣装が良く似合い、先ほどまでの彼女達とは別人のように見えてしまう。
知らぬうちに目尻が下がっていたらしい。ふと横を向いた時、そこには麻美の呆れ顔が。

飛行機はグァム直行ではなくサイパン経由だったので、初めての着陸はここサイパン国際空港になった。
着陸も離陸同様に緊迫した。荒っぽいパイロットなのか、高度の下げ方にむらがあり、スムーズに降下していたと思ったらいきなりドスンと落ちたりして、もう冷や汗ものだ。
着陸後、落ち着いて周囲を見回すと、ちょっとびっくり。戦時中のゼロ戦基地と見紛うばかりの空港である。成田と比べちゃいけないが、小屋とヤシの木しかないのは、凄いとしか言いようがない。

サイパンからグァムまではすぐだった。
だいぶ飛行機にも慣れてきたので、着陸の際は窓際の席へ移ってその瞬間まで窓にかぶりつく。
青い海が徐々に間近になっていく様に感動!
サイパンのそれより近代的なグァム国際空港は、南国リゾートの玄関口をイメージさせると同時に、米軍のヘリや航空機も何機か見られ、ここが極東の前線基地にもなっていることが分かる。
タラップを降りると現地スタッフだろうか、若い女性からレイのサービスがあり、やや照れた。

「Welcome to Guam!」

遂に来た、外国へ。
圧倒的な南国の空気感は一瞬にして旅人を酔わせる。空港のロビーへ移ると甘い花の香りが漂い、ここはリゾート地なのだよとアピールしているかのようだ。
ツアー客が全員が集まると、恐ろしいほど冷房を利かせたワゴン車に乗り込みPICへと向かった。
空港は丘の上。ゲートを出ると暫く坂道を下っていった。
質素そのものの街並みが続く。どこも商店は飾り気がなく、歩いている人も殆ど見かけない。そのうちビーチが見えてきたが、日本のそれとはだいぶ異なる輝きと落ち着きがある。
いくつかの大きなホテルを過ぎ、右折してもう一段坂を下るとPICの看板が見えてきた。ここの最大の特徴は全ての部屋がコテージであること。そして目の前には贅沢なプライベートビーチが広がる。
広大な敷地内には様々な遊びが用意され、日がな一日、PICの中だけでリゾートを満喫することができるのだ。
但、今回の旅行では行きたいところがあった。それはグァムのデニーズ。ラッキーなことにPICからだと歩いて行ける距離だったので、ディスカバリーグァムも含め、初日は街を歩きに歩き回った。

お馴染みの看板はすぐに見つかった。
店内へ入ると、テーブルレイアウトもユニフォームも日本とはまるで違ったが、MDの笑顔は同じだったので安心した。

「大きい!」

日本のそれと比べ、ハンバーガーは1.5倍、フレンチフライやコーラは2倍あるだろう。しかしさすがにハンバーガーの本拠地だ、肉肉しいパティーの美味さが際立っていた。やはりパティーはある程度大きい方が、焼きあがってもジューシーさが残ってGooなのだ。

「FFもボリュームがあっていいけど、とにかくこのケチャップが美味しい」
「甘くていかにもアメリカのケチャップって感じだね」

ふと反対側の窓際に座る白人の年配夫婦へ目をやると、テーブルに置かれた恐らくアイスティーだろうが、そのグラスの大きさにびっくり。

「あれ、Lサイズかな?」
「Mにして良かった~」

高さが30cmに迫ろうとするほどのビッグサイズだ。もっとびっくりしたのが、ご両人、それを普通にお替りしているのだ。こっちのデニーズはコーヒーだけではなくソフトドリンクのお替りもできるようだ。

「これ食べてあれ飲んでりゃ、体でかくなるよな」

二人とも目的を達せられニンマリ。

お土産もたんまり買い込んで、4泊5日の新婚旅行は無事ラストへと駒を進めた。
最終日は空港に早朝4時集合だったので、実際の日程は正味4日、あっという間とはこのことだ。もう帰るのかと思うとやたらと名残惜しかったが、同時に現実を思い出して気が重くなってきた。
実を言うと、内々に異動があることを聞かされていたのだ。正式な通達は後日だろうが、ほぼ決まりだと坂下さんが言っていた。
その移動先が、懸念していた関西。私にとってここグァムとさほど変わらない、遥か遠い異文化圏なのだ。


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