若い頃・デニーズ時代 65

外食産業は相変わらずの伸びを続け、我がデニーズも好調な出店ペースを維持していた。但、幸か不幸か、東海地区には新たな出店情報は入らず、温暖な地域と共にまったりとした日々が流れていた。因みに同地区は、東から沼津店、沼津インター店、清水インター店、静岡長沼店、そして西端の豊橋店の5店舗で、エリアは極端に東西に細長いのが特徴だ。よって月例のUM会議は、エリアのちょうど真ん中に位置する静岡長沼店で行うのが常になっていた。

「今回は結構なビッグニュースだよ」
「まさか新店ですか?」
「違う違う。この夏で200店舗達成だと」
「全社では順調だけど、東海は蚊帳の外みたいですね」

― あははははは

「もう一つ更にでっかいのがあってさ、何と米国のデニーズから商標権を買い取ったらしいよ」
「へ~、凄いというか、それ、どういうことです?」
「むこうはこっちと違って経営がイマイチらしくて、何とヨーカ堂に金の無心をしてきたんだ」
「本場は駄目なんだ~」
「らしいね。それで金を貸してやる代わりに商標権をいただいたってことなんだ」
「さすがIYグループ!業績いいからな」

詳しい数値は分からないが、本国へのロイヤリティーは結構な額だったらしい。それを無くしたわけだから、その分はすべて利益ってことになる。お偉方は笑いが止まらないだろう。これで財務状態は強化され、出店ペースに拍車が掛かることは間違いない。飛ぶ鳥を落とすってのはこんな感じか。

「それより、今日はどうします? 囲みます?」
「もちろんでしょう、それは」

デニーズのDMってのは麻雀好きが多い。当時のサラリーマンの必須項目と言えばそれまでだが、これまで進んで麻雀をやろうとしなかったDMは荻下さんと土田さんくらいだ。
東海の坂下DMは、あの海田DMに負けずとも劣らない麻雀好きである。

「じゃ、先行ってますよ」

静岡長沼店から車でちょっと行ったところにある古びた雀荘。歳の行った親父さん一人で切り盛りする何ともレトロな店なのだ。客が多い時でも埋まるのは精々三卓なので、いつも落ち着いた雰囲気でやれるところがいい。
今は時効ということでご勘弁いただきたいが、全員脚は車なのに、卓を囲むと先ずはビールと寿司を注文。飲みながら、つまみながらの、半チャン4~5回ってところがいつものパターン。
東海地区はDMも含めてメンバー同士の仲がいいから、ポン、チーやりながらも日頃を題材とした会話に花が咲く。これが結構なストレス解消になっていた。

「昔からいるKHのおばちゃんが突然辞めちゃってさ、もう大変だよ」
「そのおばちゃんって、蕪木さん?」
「そうそう」
「あの人長かったもんね」
「ムードメーカーだったから尚更きついよ」
「うちも去年は大変だった~」
「知ってるよ、遅番のミスター3人がまとめて卒業だったよな」
「いくら募集打っても、全然後釜が入ってこないんだもん。1カ月半だったかな、社員二人で〆やったよ」
「おっと!それポンね」
「待ってました。その捨て牌、ロ~~ン!!」

同じ立場同士だから、悩みも喜びも自分のことのように分かる。

「そう言えばDM、高幡の件はどうなりました」
「うん。ちゃんと話そうと思ってんだけど、決まりだな」
「そうですか、、、」

高幡とは沼津インター店のUMである。
麻雀はそれほど好きではないようで、殆どの場合、会議が終わると直帰する。厳つい顔に似合わぬ物腰の柔らかい男で、そつなく仕事をまとめられる優秀なUMだ。そんな彼のポテンシャルが買われたのか、地元のローカルレストランチェーンからマンハントが入ったという噂が流れていたが、どうやらそれは噂ではなく本当の事だったようだ。
彼はまだ30代中盤だったが、持ち家があるから、デニーズの転勤の多いところに不満を感じていたのかもしれない。
尤も、持ち家がなくても転勤が頻発すれば、大きなストレスになることは間違いない。

「いつまでです」
「まあ、一ヶ月後かな」
「後任は」
「リージョン越えで揉んでいるらしい。それはそうと、木代、いい話が入ってるよ」
「何ですか?」
「前年対比トップ店として、今度の全店会議で表彰されるってさ」
「おぉぉぉ!!やったね、おめでとう」
「本当っすか」
「ああ。正式な通達が近々来るんじゃないかな」

リニューアル効果が出ていることは確かだった。沼津への異動を聞かされた時には、ついに年商最下位レベル行きかと多少がっかりもしたが、リニューアルオープン後はスタッフ全員の奮闘に助けられ、みるみる売り上げが伸びてきた。業績が上がれば自然と店に活気が生まれ、黙っていてもいい方向へと転がっていくものだ。

「マネージャー、この頃パンの発注量が大分増えましたね」
「半年前の倍だよ」
「やっぱり」

KHの佐二は二十歳になったばかりの好青年だが、何故か決まった職には付かず、デニーズ沼津店で2年近くもアルバイトとして働いている。よって仕事は慣れたもの。平日の早番業務だったら、もうひとりの早番KH山岸と二人で完璧にこなしてしまうし、たまたまランチピークでチェックが溜まったときなどは、ちょっと応援に入ればすぐに元のペースを取り戻せる力がある。

「モーニングのお客さんも増えたけど、それよりサンドイッチがよく出るようになったよね」
「ですね」
「それより佐二くん、今日は何時まで?」
「5時までですけど」
「それじゃあさ、4時から1時間、ドライストレッジの棚卸しを手伝ってくれよ」
「了解。早めに〆を終わらせます」

頑張ってくれるスタッフがいてこそ躍進があるのだ。


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