若い頃・デニーズ時代 46

梅雨が明けて夏らしい陽光が降り注ぐ頃になると、錦町の運営はますます安定さを増し、平日、週末それぞれの売り上げ予測はほぼ9割方的中するようになってきた。スタッフの充足率もほぼ満足できるレベルをキープしていたので、飲食業では当たり前となっている残業等々は徐々に改善されつつあった。
UMはどこの店でも早番勤務が常だが、ディナータイムに人手が足りないと、ピークが収まる20時頃まではフロント若しくはキッチンに立たなければならない。出勤が6時半だから、拘束時間は14時間近くにものぼる。
これに対して我が錦町は、ディナータイムに勤務するアルバイト達が出勤してくる17時頃には殆どの場合退社することができ、当時としては他店から妬まれるほどの環境を構築していた。

「マネージャー、ちょっといいですか」
「どした?」

ひと月ほど前に採用した女子大生MDの伊坂文恵が、何やらはにかみながら近づいてきた。

「今日、近くの神社のお祭りなんですけど、いっしょに行きません?」

これにはびっくり。
ややおっとりタイプの彼女は、機敏な動きこそ得意な方ではなかったが、お客様には親切丁寧な接客でウケも良く、そして他のスタッフともうまくやれる、小柄で目のクリっとしたかわいい子だ。
不謹慎とは思いつつも、好みのタイプだったので、出勤初日から終始気になり、何かにつけては声をかけていた。
そんな彼女からまさかのお誘いである。こんなことは夢にも思わなかったので、どきどきどっきりである。

「いいねお祭り。でも上がれるの20時頃だけど大丈夫かな」
「大丈夫です」

たまたまではあろうが、我錦町はオープン当初から美形の女性スタッフに恵まれている。
極めつけはやはり窪田紀子だが、萩尾恵子にしても伊坂文恵にしても、他店では中々お目に掛かれないレベルだ。論より証拠、入店してきた男性客の殆どが、彼女達に熱い視線を送るのだ。嬉しいやら、心配するやら忙しいが、やはり誇らしいという気持ちが一番かもしれない。
オープンから半年と、それほど日が経ってないのに、常連客が多いのも頷けるところである。

彼女から大体の場所を教えてもらっていた神社は、店と立川駅の間位に位置し、立川通りから左へ折れて数分も歩くと、待ち合わせ場所の鳥居はすぐに分かった。同時に伊坂文恵がこちらへ向いて小さく手を振るのが見える。
20時上がりだったが、何だかんだで到着したのは21時に近く、その為か出店の半分以上が既に畳んでおり、少々寂しい雰囲気が漂っていた。

「もうちょっと早くきたらよかったかもな」
「しょうがないですよ」

と言いつつ彼女、会った時から満面の笑みである。その後、境内を肩を並べて歩きながら、互いに取り留めのないことを話し始めるが、意外や会話は盛り上がり、その後喫茶店へと場所を変えて続きを楽しんだ。そして時はあっという間に流れ、気が付けば既に23時を回っている。

「もうこんな時間だ。送っていくよ」
「ありがとうございます」

店のアルバイトスタッフには違いないが、ひとりの女性として好感を覚え、こんな時間をまた楽しみたいと切に思い始めたのである。

翌日のランチ前。社内メールが届いたので早速内容を確認すると、新店情報に関する書類に目が留まった。
何と我が地元“吉祥寺”に出店が決まったようで、興味津々に読み進めると店舗スタイルはインストアらしい。立地の詳しい記載はなかったが、以前から噂されていたパーキングビルの一階であることに間違いはなさそうだ。
大凡10年前。駅ビルの“ロンロン”ができてからというもの、吉祥寺は爆発的な発展を遂げ、一昔前とは比較にならない“都会”へと変貌しつつあった。正に多摩地区の新宿または渋谷と言ったところか。
平日でも街には人が溢れ、その活況ぶりは尋常ではない。新しいビルも次々に建てられ、若者受けするような小粋な店が、まるで雨後のタケノコの如くでき始めていたのだ。一新されるとは正にこのことだろう。
そんな吉祥寺にデニーズの新店ができるなんてとびっきりのビッグニュースだし、また大きな楽しみでもある。
売上目標は相当高く見積もられると思うが、期待感は高いと思う。
しかし、そんなフラッグシップ店の店長は一体誰がやるのだろう。これは気になる。


「若い頃・デニーズ時代 46」への2件のフィードバック

  1. アルバイトさんとの関係にも気を遣いましたよね。
    特定の方に有利な勤務シフトをすることにも気を遣いましたよね。
    しかし、マネジャーも人間ですから、好きなタイプの女子には、甘かったと思います。

    1. ははは、ありましたね~
      特定の方(後に、我が女房)をだいぶこき使いましてね、ぼやかれた挙句、貸しをたくさん作っちゃいました。

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