若い頃・デニーズ時代 12

デニーズがイトーヨーカ堂内のインストアから郊外へ向かって本格的な多店舗攻勢をかけ始めた頃、その店舗スタイルは、ウェイトレスステーションのない“オープンキッチン”だった。
フロントの開放感はデニーズの大きな特徴として他社との差別化を図り、オレンジ色を主体とした明るい内装でアメリカンポップを演出、そしてスタッフの快活なグリーティングとコーヒーおかわり自由が、既存国内レストランの概念をぶち破ったのだ。
デニーズは何もかもが新しかった。
当時、コーヒーと言ったら喫茶店で飲むレギュラーコーヒーを指し、午後の一時、または洋食の後など、特別な時間に楽しむものだったが、デニーズのアメリカンコーヒーは、堅苦しいことなしに、“いつでも気が向いたときに何杯でも”をキャッチコピーとして着実に広がっていった。
その昔、アメリカ人は一日に10杯も20杯もコーヒーを飲むと聞いたとき、レギュラーコーヒーしか知らなかった私は、アメリカ人はなんて胃が丈夫なのだろうと感心したものだが、彼らが親しんでいる元祖アメリカンコーヒーは、焙煎が浅く、極めてライトタッチな飲み物だったのだ。単にレギュラーコーヒーを薄めただけだったら、とてもではないが何杯も飲むことなどできるはずもないし、況して食文化にはなり得ない。
幾種類にも及ぶ卵の焼き方、付け合わせのハッシュドポテト、トーストの上にローストビーフをのせたホットローストビーフサンド、マクドナルドのハンバーガーとは一線を画く手作りの味わいが人気を博したデニーズコンボ等々、デニーズレストランは、見て知って驚くアメリカ文化の固まりだったのだ。

そんなある日、事務所に呼ばれると、加瀬UMからついに異動の話が出た。

「決まったよ。浦和の新店だ」
「埼玉ですか…」

覚悟はしていたが、いざ東京を離れるとなるとちょっと寂しい。最初はどうなるかと心配していた槇さんとのコンビネーションも今ではいい感じで息が合い、平日のディナータイムなら二人でほぼ完璧にこなせるようになっていたのだ。

「通えない距離じゃないけど、オープン作業で何かと大変だろうから、入寮の手続きも取っておきなさい」
「ました」

異動先である新店の名称は【浦和太田窪店】。
浦和競馬場の東側を通る産業道路沿いだ。全く不慣れな地だったのでロケーションは想像もつかない。

「店長は井上さんという、結構厳しい人だぞ」

まいった。脅かさないで欲しい。

「だけど直接の上司は西條といって、うちの石澤も一目置く優秀なリードクックだから、きっといい経験ができると思う」
「ところでオープンはいつですか?」
「ちょうど1ヶ月後かな。寮は準備できてるから、次の休みにでも様子見兼ねて、寝具だけでも運んでおけばいい」
「分かりました。行ってみます」

何とも急な話である。

「これは準備会議の予定も載っているオープニングマニュアルだ。しっかり目を通しておくように」

めくってみると新店の地図やスタッフの面々、そして事前会議の予定が目次付きでびっしりと羅列してある。特にノーイングの搬入からキッチンのセットアップまでは、タイムテーブル形式で綿密なスケジュールが組まれていて、読み進めれば新店オープンの大変さが現実味を帯びて伝わってきた。

その日帰宅すると、すぐに愛用の首都圏地図を開いて浦和太田窪店の位置と行き方を調べた。
井の頭通りから環八へ入り、そのままオリンピック道路を進んで笹目橋を渡り、右折して蕨市を通過すると産業道路へぶつかるので、そこを左折すれば建物が見えてくるはずだ。
交通量によってまちまちだが、恐らく所要時間は1時間前後を見なければならないだろう。十数分で到着する今の小金井北店を考えると、通勤に掛かる負担増は計り知れない。やはり寮生活になってしまうのだろうか。

加瀬UMに言われたとおり、直近の休みに浦和太田窪へ行ってみることにした。既に走行距離12万kmを突破している愛車セリカ1600GTVは、快調にオリンピック道路を疾走し、1時間弱で完成間近の新店へと到着した。
駐車場の一番奥へ車を入れて店へ向かうと、業者のトラックとは別に、誰のものか、母屋の脇にヤマXS750が停まっていた。人気のバイクである。
裏口のドアを開き、そっと中を覗いてみたら、何やらシンクの前でクックが作業を行なっている。

「おはようございます」

突然の声掛けに驚いたのか、そのクックは肩をすくませながらゆっくりと振り返った。

「なんだよ、びっくりするじゃねーか!」
「すみません!今度お世話になる小金井北の木代です」

訪れた経緯を説明すると、彼はそれまでの強ばった表情から急に人なつこいニヤケ顔へと変った。

「そっか、俺は西條です。よろしく」
「リードクックの西條さんですね。こちらこそよろしくお願いします」

加瀬UMから聞いていた“優秀なクック像”とはやや異なる第一印象だが、その優しい笑顔は人を包み込み引き寄せた。神経質で暗い人だったらどうしようと心配していたので、先ずはほっと一息。店を統括するのはもちろんUMだが、職場環境に於て直属長の存在は大きい。
年齢は小金井北の石澤リードクックよりひとつ上というから、私と較べれば二つ年下だ。

「寮へ行くと同僚になる村尾さんがいるはずだよ」
「ありがとうございます。寝具を持ってきたんで、すぐに行ってみます」

店の裏手にある寮は住宅街のど真ん中で分かり辛く、見つけるのに苦労した。迂回やらUターンやらで、歩けば5分もかからないところを車で10分以上も右往左往してしまったのだ。
袋小路へ車を停めると、布団袋を担いで階段を上がった。
見たところ、各階一世帯のアパートは築10年というところか。

「こんにちは」

ペンキの剥げた手摺りや、ひびの入ったモルタル外壁等々、それなりの生活感が染みついている。

「だれ?」
「小金井北の木代です」

黒縁の眼鏡と鷲鼻、そして華奢に見える体つきが、神経質な第一印象を醸し出していた。

「どうも」
「布団、こっちへ置いていいですかね」

仕切は襖だけ。ここは寝る以外に使えそうもない。

「村尾です。よろしく」
「ここを使うのは俺と村尾さんだけ?」
「そうゆうことかな」

それにしても表情に欠ける男だ。
これから色々接するうちに分かってくるところもあるだろうが、何となく取っつきにくい感じを受ける。いっしょのシフトは組みたくないタイプだ。しかし新店オープンにはチームワークこそが重要。新しいスタッフとは当たって砕けろの精神でコミュニケーションを計らねば。
5日後に迫った完全移動。
この際こまかいことは考えず、やるべきことを一生懸命やるだけだ!


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