
ドゥカティスーパーバイクのフルモデルチェンジが噂される中、二〇〇七年モデルとして発売される“1098”が、イタリアはミラノで行われたドゥカティ国際会議にて公開された。この会議には俺が参加した。各国から集まったディーラースタッフの期待に満ちたまなざしを目の当たりにし、こんどのはイケる!と確信した。難しいことなしに、ぱっと見がカッコイイのだ。999のように好き嫌いが出るデザインではない。
「木代さん、これ、売れると思います?」
前の席に座っているO社長が振り向いた。やけに真剣なまなざしである。
「俺は売れると思います。これが駄目なら、レプリカ自体が飽きられてきたってことになるんじゃないですか」
「ですよね。私も久々に売れる商品が出たって感じてますよ」

今回の国際会議は、同じミラノ市内で行われている世界最大の二輪車ショー【EICMA・エイクマ】に合わせて開催したようで、後日、日本から来たメンバー全員は、ほぼ半日をかけて会場を見て回った。圧倒的な規模は、幕張メッセで行われるモーターショーの上をいくもので、ヨーロッパの二輪文化を肌で感じることができた。自転車展示場にはなんとトラックコースまでが作られていて、プロフェッショナルライダーによる迫力あるデモ走行には目が釘付けになった。もちろんホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキのブースも回ったが、展示車両は断トツに多かったものの、活況はそれほど感じられず、盛り上がっていたのは、やはり地元のドゥカティや、BMW、そしてKTMのブースである。中でも、KTMブースにはGP250の契約ライダーになった“青山博一”を招き、トークショーが行われ、プレスだけでも三十名以上が押しかけ、人の輪が切れることはなかった。
一応ハーレーダビッドソン&ビューエルのブースも覗いてみたが、閑古鳥が鳴いていた。ヨーロッパの二輪車嗜好がよくわかるところだ。

この度のミラノ行。EICMAをはじめ自由時間のほとんどを、株式会社KのM社長に、金魚のフンの如くくっ付いて回った。ドゥカティ並びにKTMの売上日本一に輝くM社長は海外出張が多く、特にミラノは十数回訪れたことがあるそうで、右だろうが左だろうが、新宿、渋谷並に熟知している。おまけに今回は部下二人のお供付きと豪勢だ。
「あれ! 木代さんじゃないですか」
通路の方から声が飛んできた。振り向くと、吉祥寺店でベスパを扱っていた頃、大変お世話になった成川商会の塚田さんがこっちを向いて手を振っている。
「うわ~、久しぶりです~、EICMAとなるとやはりお仕事ですか?」
「そーなんですよ」
「自分はミラノ初めてなんで、M社長に案内してもらってるんです」
「会場は物凄く広いんで、時間をかけて見て回ってください」
「ありがとうございます」
塚田さんの言ったとおり、本当に広い。あれもこれもと目についたブースへ足を運んでいると、時間はいくらあっても足りはしない。すでに疲れが出てきて、脚は棒のようだ。
前方へ目をやると、M社長が男性二人と何やら話し込んでいる。近づいてみると、
「あらら、木代さん、 久しぶりです」
これにはびっくり。ちょっと前までDJの営業部長をしていた笹澤さんである。その隣には金髪、小太りの、外人年配男性がにこやかな笑顔を振りまいている。
「木代さん、外人の彼はKTMジャパンのミッシェル社長です」
なるほど、ということは笹澤さん、DJを辞めた後、KTMへ入ったんだ。
「去年KTMの売り上げが日本一になったんで、お祝いってことでミッシェル社長が今夜一席作ってくれたらしいよ」
M社長がにこやかに説明してくれた。
「そりゃ素晴らしい、ぜひ楽しんできてください」
「木代さんも来れば」
「え? 俺なんか、行っていいんですか?」
すると笹澤さんが、
「大歓迎ですよ、KTMの売り込みはしないから安心してください」

ミラノは、まるで町中すべてが世界文化遺産ではなかろうかと思うほど美しい。石畳の道、歴史を感じる家屋や街灯など、まるで映画のワンシーンのようだ。ミラノドゥオーモ駅の階段を上がりきった真正面にそびえるのがミラノドゥオーモ大聖堂。一歩中へ足を踏み入れると、宗教芸術の極みというべき世界に包み込まれ、暫し圧倒される。
「これは見事ですね~」
「初めて見た人は誰だってびっくりするんじゃないかな」
この後ショッピングモールへと足を進めるが、ここがまたシック。モール全体で色彩が統一されていて、けばけばしさや安っぽさが一切感じられない。入ってすぐ正面にあるLouis Vuittonのショップなどは、モールに溶け込んでいるかのようだ。
ぐるり時計回りで歩いていると、カフェ街にでた。どこの店もテラス席はほぼ満席で、そこで寛いでいる人たちが、これまた絵になる。
「そろそろ時間なんで、レストランへ向かいましょうか」
右も左もわからない俺の目には、さっさと歩き進むM社長の後ろ姿が眩しく映る。
夜のとばりが落ち始めた石畳の道を十分ほど行くと、前方に明るく輝くショールームが目に入る。
「あれ、フェラーリのショールームですよ」
「へー、イタリアですね。それにしてもセンスのいい展示だな」
「その右隣がレストランです」

こんな機会がなければ、一生来ることはないだろうと、なんだか緊張してきた。
店内に入ると、満面の笑顔をたたえるスタッフが二階へと案内してくれた。個室が並び、そのうちの一つのドアを開くと、
「お待ちしてました。お疲れ様です」
入口でミッシェル社長と笹澤さんが迎えてくれたが、他にもテーブルの向こう側に若い男性と女性がいる。
「紹介します。今年度からKTMのエースライダーを務めている“青山博一”さんと、隣の美女は彼の秘書の中山さんです」

おおっ!EICMAで見かけたあのGPライダーの青山博一が同席とは、こいつはびっくり。彼の一印象は、笑顔がまぶしい好青年。隣の中山さんは、知的な色香が漂う実に魅力的な女性だ。GPライダーともなると、こうして美人の秘書までつけられるんだなと、うらやましくなる。ミシェル社長、笹澤さん、M社長の三人は、アルコールが進むほどにビジネスの話で盛り上がっていたので、これはチャンスと、青山さんへ色々と質問をしてみた。
チームから出るギャラと広告収入は、年二回に分けて支払われるとのことだが、その時点の為替を考慮の上、円建て若しくはドル建てをチョイスしているようだ。中山さんはなかなか頼もしいパートナーなのだ。
「広告と言えば、先日タイヤメーカーの撮影があったんですが、ものすごい寒い日なのに、いきなり膝を擦るシーンを撮りたいなんて無理難題を押し付けてきたんです」
気温が低ければ、当然タイヤも冷えているわけで、いかにサーキットとは言えどもグリップ力は殆ど無いに等しい。これでフルバンクしたらさすがの青山さんでもすってんころりんである。
「すぐには無理ですよって言ったら、時間がないなんて反論されちゃって」
GPライダーのこんな裏話が、しかも本人の口から聞けるなんて…
牛肉メインの料理が続き、デザートには生ハム&メロンが出た。この時とばかりに、出された料理はすべて平らげ、高級そうに見えたワインは、ほぼ一人で一本近く開けてしまった。
「木代さん、お酒強いんですね」
「いやいやお恥ずかしい」
ドゥカティ国際会議とEICMA視察、ミラノ観光とすべてが美味しいイタリアンフード。そして何より青山さんとおしゃべりができたこと。こんな充実した日々を味わえるのは、今後の人生にもそうそうないだろう。
楽しい時間はあっという間に過ぎた。レストランを出るとき、顔を真っ赤にした笹澤さんが近づいてきて、耳元でささやいた。
「KTMの話、大崎社長にぜひぜひお伝えくださいね」
「は、はい…」
後日談になるが、このイタリア行にはニコンD100を持参し、張り切って二百枚以上撮りまくったのだが、うっかりしたことにそのデータを入れたMOディスクを紛失してしまう。自分自身、本当に情けなくなった。