バイク屋時代 33 意思の疎通

 ハーレー快進撃はうちだけではなく、多少の差こそあれ、全国ほとんどのディーラーから好調を示す数字が上がっていた。LTR調布の成功で勢いづいた大崎社長は、一年もたたないうちにハーレー二号店となるLTR東村山をオープン。サービス部長の松田さんが店長を受け持った。新青梅街道沿いで、野口橋交差点から西へ1.5Kmのところだ。
 ハーレー店の活況に合わせるように、ハーレー要員として採用していたスタッフの再配置が行われ、三波くん、瀬古くんがLTR調布、そして長野くん、梶原さんがLTR東村山へと異動になった。
 これとは対照的に、一人二人とスタッフが減っていった本店は、うら寂しい空気が漂うばかり。開店から早くも九年目を迎えていたが、最盛期の面影はもはやどこにも感じられず、あいかわらず低い利益率に悩まされていた。
 モト・ギャルソンの方向性を憂えたのか、はたまた見限ったのか、ここ一年ほどでスタッフの離職が相次いだ。代々木里佳子は実家へ帰り、岸山裕子は寿退社、松本くんは転職、そしてメカニックの近江くんの独立がついに本決まりとなった。
 本店の契約期間は十年。再契約か撤退か?!
 判断が迫る。

「これからはハーレーだよ」
 最近、耳にたこができるほど聞かされている社長の口癖である。
 業績好調で会社が潤うのはけっこうなことだが、俺としてはどうにも引っかかるところがあり、もろ手を挙げて喜ぶ気分にはなれない。以前にも記したが、俺も含め、うちのスタッフはバイクが好きという一心で働く意味を保っているのだ。しかも関わりたいバイクやジャンルはしっかりとある。そんなところへ会社はハーレー一色になろうと動き出している。ハーレーを扱いたくて入社してきた面々は良しとして、古くからいるスタッフのほとんどはスポーツバイクが大好きなのだ。松田さん、江藤さん、吉本くん、近江くん、大杉くん、そして俺などは、ぶっちゃけハーレーには食指が動かない。与えられた仕事と言われればそれまでだが、モチベーションの低下は避けられない。以前にも述べたが、バイク屋の仕事はちょっと特殊であり、趣味の延長上と捉えている者は想像以上に多く、中には経営者さえも同様に考えているところも少なくない。
 そんな中、事件が起きた。
 オープン直後から好調を維持していたLTR東村山。ある日店長の松田さんが整備作業中に手に怪我を負い、それ以降一週間ほど休みを取っていたのだが、復帰することなく、そのまま離職となったのだ。怪我の状態が芳しくないというのが流れている退職理由だが、それは違う。俺なりに彼のことは知っている。どう足掻いたって松田さんはハーレーワールドに馴染めないのだ。そして彼と仲の良かったメカニックの吉本くんも、連鎖的に去っていったのである。松田さんは役員、吉本くんは元工場長という、会社側に最も近い立場だった。
 大崎社長にとってハーレービジネスの拡大は、大きな利潤を得られる最良の手段だろうが、経営者と従業員では根本的に仕事へ対する捉え方が異なる。国産からハーレーへと、取り扱い車種が変わる過渡期に、最も留意しなければならなかった、<経営者と従業員間の意思の疎通>がほとんど図られなかったのは、大きな手落ちではなかろうか。いつもどおり、大崎社長はひとり突っ走ったのだ。
 それでもこの騒動を乗り越え、ハーレー好きで固まった両LTRのスタッフ達は、次のステップへと力強く進んでいった。尚、松田さんの後釜には、初となる女性店長・山田美紀さんが入った。彼女は営業手腕にたけていたので、LTR東村山がさらなる売り上げ増を遂げたのは言うまでもない。

 ハーレー部門の躍進で明るさを取り戻したモト・ギャルソンだったが、相変わらず本店の行く先は不透明だった。唯一決まっていたのは中古車店ギャラツーの閉店。店長の江藤さんは一旦ハーレー部門に身を置き、関連の仕事を覚えた後は、ハーレーの中古車部門を任されるとのことだった。

 ちょっと話はそれるが、Windows98が発表されたタイミングから、モト・ギャルソンでも本格的にパソコンを導入することになり、総務課では経理ソフトを使って業務の生産性向上を、そして営業、サービス部門では、新たに構築した顧客管理プログラムにより、営業戦略とアフターサービスのデジタル化にトライした。
 【モト・ギャルソン顧客管理システム】と名付けたプログラムは実に使い勝手がよく、顧客とバイクをメインのデータベースとし、顧客関連ならば、購入、下取り、点検、修理、イベント参加等々の履歴を管理し、バイクならば、仕様詳細のデータを基本に入出庫履歴が記録され、もちろん顧客と紐付いた。このシステムを活用すると、営業なら商談メモ、サービスであればカルテが不要になり、様々な仕事の効率が飛躍的に向上した。また、Word&Excelの勉強会も開き、会議資料、プライスカード、簡単なチラシや案内であれば、四苦八苦しながらも、スタッフの手によって作成できるようになった。
「ホームページを作るとどうなるの?」
「どうなるって、これからの時代には必要ですよ」
「とは言っても金がかかるしな。その分売り上げが上がればいいけどさ」
 パソコンを導入したまではよかったが、社長はいざホームページの話になると、頑なに懐疑的な立場をとった。まあ、わからないでもない。俺だってホームページの効果を的確明瞭に説明しろって言われたら困ってしまう。
「作って公開しても、すぐに反応はないと思いますが、データの更新を地道にやっていけば、アクセスは増えていくはずです」
「安ければいいんだが…」
 二言目には金である。
「社長、それ言ったらバイク雑誌の広告なんて、どぶに金を捨てるようなもんじゃないですか」
「そりゃ言い過ぎだろう」
 今日も実らない意見の応酬が続く。


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