バイク屋時代 27 大方向転換

 新ギャラツーのオープンもまずまずの滑り出しを見せた。来店客は多く、在庫はたちどころに売れていった。売れることは嬉しいが、納車が進めばたちまちショールームに空きが目立ち、みすぼらしいことこの上ない。当然であるが中古車の売上は在庫が少なくなると落ちていくので、江藤さんは仕入れ資金の許す限り、足繁くオークションへ通い、新たな売れ線を買い求めた。だが人気車種はどこの業者だって欲しいから、セリは過熱、話にもならない高値がついてしまう。無理して買っても、まともな儲けなど望めるわけもない。
 そう、中古車の仕入れってのは、とにかく難しい。
 常に程度のいい中古車を安く仕入れられれば、これほど楽に儲かる商売はない。なんと言っても良策は、直接ユーザーから買い取ることだが、町のバイク屋に買ってくれと持ち込む例は本当にまれで、現状はレッドバロンのような知名度が高く、多大なる広告費をかけて買取の訴求を常に行っているところへ集まるのだ。末端ユーザーは素人、よって売り買いの相場など知る由もない。そこへ言葉巧みなプロのバイヤーが買取交渉を持ちかければ、ことごとくオークション相場より低い価格で買い取り交渉が成立し、場合によっては店頭で売らずともそのままオークションへ横流しするだけで、けっこうな利益を上げられるのだ。

BDS柏の杜オークション会場

「木代くんさ、なんか下取り入ってこない?」
「きびしいっすね。週末におんぼろスクーターが一台だけかな」
「今さ、バカみたいに高いからさ、ほんと買えないよぉ」
 さすがの江藤さんもお手上げである。しかもさっき下山専務から、
「今月は支払いが多いから、買取は月が替わって残高を見てからじゃないと駄目よ」
 と、釘を刺されていた。実は本店の経費が予測以上にかかっていたのだ。そんな中、かなり膨れ上がっている借入金の返済は容赦なく訪れるので、ここ数か月、下山専務の機嫌はかなり悪い。そんな中でも店は相変わらず忙しく、昼食をとるのもままならない状況に変わりはなかった。しかし、忙しいからと人員を大幅に補充したことによる経費増、そして解決できずにいる単価の低さと値引きの悪循環により、台所事情は急速にひっ迫していた。
 そんなジリ貧状況が一年近く続いていただろうか。ある日の店長会議で、大崎社長が会社の方向を大きく転換させようと、驚くべき計画を発表したのだ。

Harley-Davidson本社 アメリカ合衆国ウィスコンシン州ミルウォーキー

 要約すると、
 これまでの国産4メーカーを主軸とした販売は、単価の低迷などの煽りを受け、利益率は下がる一方。しかも業界の値引き合戦はいまだ熾烈で、特にスクーター販売は慈善事業になりつつある。各メーカーとの契約には少なくない保証金を入れなければならず、売上は目標をクリアしなければ当然達成マージンは出ない。こうなると四つのメーカーと契約し続けるのは効率が悪く、運営資金的にも負担が大きいのだ。
 国産バイクは創業以来の商品であり、それによって多くの既納客を獲得してきたが、現況を鑑みて、この先利益を上げ続けるのが困難になることは間違いない。そこで考えたのが、収益性が極めて高いといわれてるハーレー(Harley-Davidson)の扱いを始め、国産は状況を見ながら順次減らしていき、1~2年をめどにハーレー専業へと様変わりさせるというものだった。さらに、一時は流行りに流行ったレーサーレプリカが、今では見る影もなくなり、それに代わって、スティード、ドラッグスター、バルカン、イントル―ダー等々のアメリカンバイク大きく売上を伸ばしている現況があった。

「これまでのお客さんのアフターはどうすんのよ?」
 江藤さん、爆発する勢いだ。
「内々の話だけど、メカの近江くんが近い将来に独立したいって言ってきてるんだ。だったらその時うちから多少バックアップしてあげて、彼の店でアフターをやってもらおうかと思ってる」
 社長の頭の中ではすでにハーレー構想は確定事項だろうが、こればっかりは素直に承諾できない。いくら国産の収益性が悪いからと言っても、もう少しやりようがあると思うし、これまで信頼関係を築いてきた各メーカーとのパイプは太く、簡単に断ち切れるものではない。特に営業部長という俺の職務上、メーカー営業担当とのやり取りをはじめ、目標設定、ニューモデル説明会、新年大会等々、販売会社との関りすべてに携わってきたので、繋がりの重要性は誰よりわかっているつもりだ。それともう一つ気になることがある。

ヤマハ新年大会 ゲストは【ザ・ワイルドワンズ】 浜松グランドホテルにて 

 うちの社員、特にメカニックの入社のきっかけは、そのほとんどがバイクが好きだからというシンプルなもの。好きなバイクにも好みがあり、興味のある対象を受け持てることが就労を続ける理由にもなっている。例えば常連客から社員になった富澤くんは、ベスパに興味が湧いたことがもとで入社し、現在は吉本くんの弟子となって、イタリアンスクーター全般を扱えるメカニックを目指し、日々嬉々として奮闘中である。その彼に「うちはハーレー一本になるんだよ」と告げたら、どのように考えるだろうか。実は富澤くん、このハーレーディーラー化計画を聞かされた後に独立を決断。近江くんに先んじて退職し、こじんまりだが、早々と杉並にベスパ専門店を持ったのだ。
「これまでのお客さんすべてを近江が一人で受け持つんですか? そりゃ物理的にも無理でしょ」
「今回のように取り扱い車種が変わるような大きな変革を行えば、国産のお客さんの大半は離れると思ってる。おそらく近江くんがつかんでいる一握りのお客さんしか残らないさ」
「いいんですか、それで?」
「全部見越したうえですよ。それより収益性の高い新しいギャルソンを一日でも早くスタートさせるほうが肝心だよ」
 もう社長の腹は完全に決まっている。経営者に逆らうわけにはいかない。
 ところが… ハーレーディーラーへの道は予想以上に険しかったのだ。


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