バイク屋時代 22 カワサキというメーカー

 俺が入社した当時、モト・ギャルソンはヤマハ、ホンダ、スズキの正規販売権は取得していたが、残る四大メーカーのひとつカワサキは取得申請中だった。常連客がどうしてもカワサキ車が欲しいという場合に限り、親しくしているカワサキディーラーから仕入れる“業販”というイレギュラーな方法でカバーしていた。

 カワサキは唯一ラインナップにスクーターを持たないメーカーである。“男カワサキ!”なんてなキャッチを耳にするほど硬派なイメージ路線を堅持し、コアなファンづくりに成功していた。個人的には非常に興味のあるメーカーだったので、大崎社長にはもうひと踏ん張りしてもらい、一日でも早く“直”で扱いたかった。いずれにしても、商談が成立し納車が終われば、その先はアフターサービスが続くわけで、客に安心して乗り続けてもらうためには、メーカーのバックアップが必須。部品を手に入れるにもリコールの対策をするにも、業販ではすべてワンクッションを置かなければならず、客にとっても店にとってもいいことは一つもない。

 カワサキから“ゼファー400”と称するニューモデルが発売されたとき、そのスタイルがあまりにも前時代的で、おまけにエンジンも空冷四十馬力と恐ろしく非力だったから、なぜ今更こんなものを売り出すのかと不思議でしょうがなかった。個人的には到底好きになれないタイプ故に、発売後は注目することもなかった。ところがカワサキのマーケティングは的確だった。ゼファー400は予想をはるかに超える好評を得て、初期生産分はあっという間に売り切り、バックオーダーとなったのだ。
「社長、まだカワサキは扱えないんですか」
「まあ、待ちなさいって。申請はしてあるんだよ。あとは近隣のカワサキディーラーの承認が取れればOKらしい」
 カワサキのディーラー政策は、他メーカーとは若干ニュアンスが異なった。既得権とでもいうのか、昔から営業しているカワサキディーラーの販売エリアには、よほどの事情がない限り、新たな販売店は作らないというのが不文律となっていた。他メーカーが必死になって数字作りに励んでいる“登録件数”などはどこ吹く風ってな様相である。
「営業マンが何気に教えてくれたけど、どうやらKTモーターが反対してるみたいだ」
 KTモーターは保谷市にあるカワサキオートバイ専門店だが、位置的には武蔵野市役所の北側で、モト・ギャルソン各店からは近隣と言っていい。俺が高校生のころからある古い店だが、当時から「あそこの社長は愛想がない」との噂が流れ、巷の評判はあまり芳しいものではなかった。
「まあ、KTさんはうちから近いから反対するのも無理ないな」
 逆の立場だったらやはり反対するだろうが、そんなことではいつまでたってもカワサキを扱えない。スクーターこそラインナップしないカワサキだが、スポーツ車はGPZ400R、ゼファー400とタイムリーにヒット商品を生み出し、売り上げの行方を考えれば、正規ディーラー権はすぐにでも欲しいところだ。
 それいしてもKTモーターとはどんな店なのか?!
 KTの社長とはまったく面識がなかったので、客のふりをして一度探りに行ってみることにした。
 青梅街道から脇道に入ると、幅員こそ広いままだが交通量はぐっと減る。右手にガソリンスタンドが見えると、KTモーターはその真ん前だ。
 店の裏にスクーターを置き、素知らぬ顔して店頭に並んだバイクをチェック。店は小ぶりで、吉祥寺店とほぼ同じくらいか。ただ、展示バイクのバリエーションは乏しい。見ようによっては中古専門店のようだ。のぼりもプライスカードも薄汚れていて、活気は感じられない。いざ店内に足を踏み入れると、印象はさらに悪くなった。雑然としていて清潔感がなく、昔ながらのバイク屋そのものである。社長と思しき中年男がいたが、目線があっても“いらっしゃい”も“こんにちは”もない。こんなレベルでよくぞこれまっでやってこられたと、むしろびっくり。
 KTモーターがうちの進出に対してNGを出している理由がわかったような気がした。

 ひと月後。
 定例店長会議の席で、カワサキオートバイの代理店契約の許可がめでたくおりたことが社長より伝えられた。
「ただね、条件がついちゃってさ」
「は?」
「看板を出せるのは一拠点のみだって」
 うちは三拠点ある。
「じゃ、どこの店よぉ?」
 早く話せよと言わんばかりに、江藤店長が社長に食いついた。
「地理的に考慮したということで、吉祥寺店を指定してきたよ」
 あまりの嬉しさににやけてしまう。
「木代くん、やったじゃん」
 と言ってくれた江藤さんだが、見るからに悔しそう。なんともわかりやすい男である。
「ゼファーが依然と好調らしいから、いいタイミングでとれたよな」
 俺は誓った、悪いが一年以内にKTモーターを廃業へ追い込もうと。

 カワサキの突き出し看板が設置されると、いつもの吉祥寺店がなんだか違う店のように見える。
「木代さん、エリミはここでいいですか」
「うんOK。脇にのぼりをお願いします」
 うちの担当になったカワサキの営業マン“成田さん”が、午前中から展示の手伝いをしてくれている。
「早いとこゼファーを置きたいな」
「いやぁ~、それ言われるときついっすよ」
 相変わらずゼファーの売り上げは好調で、一年近くたつ今でも即納はできない。うちも看板を出したとたんに一台成約がとれ、発注は入れているが、なんと納期は二カ月後だ。こんな状況を反映して、ゼファーの中古市場はもの物凄いことになっている。走行距離5,000km以内の極上車だったら、驚くことに売値は新車を超える。もちろん新車を売る時の値引きは一切なし。
 実際にカワサキを扱い始めると、徐々にラインナップの特徴がわかってくる。人気のゼファーはもちろんだが、それ以外にもよく商談に上がるモデルがけっこうあるのだ。その筆頭は250ccのエリミネーターシリーズ。LXとオールブラックで精悍なSEの二機種があり、軽量な車体(乾燥重量136㎏)、抜群の足つき性(シート高690mm)、トルクフルなエンジン(6速・40馬力)等々、ビギナーライダーの求める要素がふんだんに盛り込まれていた。特に女性ライダーにとって、バイクは重くて怖いという不安をフォローできる良好な足つき性は、大きなセールスポイント。しかも実際に乗ってみると、これが結構走る。ただ、バンク角がさほどないので、ワインディングランはややつらいが、基本設計がしっかりしているのだろう、操作は素直で楽しい。ヤマハのビラーゴ250をパワフルにしたような感じか。
「成田さん、昼飯まだでしょ」
「はい」
「どう、いっしょに」
「お供しま~す」


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です