バイク屋時代 19 やるぜ限定解除!②

 衆人環視の下に行われる限定解除試験は、想像以上の緊張感に包まれる。
 毎回受験者数は五十人~六十人ほどで、試験が始まれば、一番目の受験者の一挙一動へ対し受験者全員の鋭い視線が集中する。それだけではない。コースの隣には運転免許証を交付する棟があり、大勢の免許更新待ちの人達が物珍しさと暇つぶし目的でスタート周辺に集まってくるのだ。
その数ざっと二十人~三十人。よって、おおよそ百人近くの視線を受けながらの実地試験となる。とんでもないプレッシャーが襲いかかってくることは言うまでもない。

 試験の流れを簡単に説明すると、スタート~一本橋~波状路~スラロームと、初っ端に基本課題が続くので、いきなりつまづく者も少なくない。続いてクランク~S字と狭路を抜けると短制動。全体的な技術不足、メリハリ不足が明らかな者は、短制動停止後に「はい、スタートへもどってください」とアナウンスが入り、試験中止になること屡々。逆にここを突破できると合格する可能性がぐっと上がる。
 次の坂道発進をクリアすると法規走行に入る。安全確認を基本にメリハリあるスロットルワークを見せつけ、“乗れてるライダー”の印象を強くアピールする必要がある。単に丁寧な運転だけでは合格できない。
 結果から言うと、合格できたのは四回目である。
 一回目:短制動後試験中止。
 二回目:一本橋の途中でエンスト。
 三回目:短制動後試験中止。
 基本課題はみっちりと練習してきたので自信があった。特にスラロームはステップを擦るほどダイナミックにやれるはずなのに、いざ本番となると大きなプレッシャーがかかり、情けないほどリズムに乗れなくなる。とは言え、合格するまでは止められないので、試験中止だろうがなんだろうが、スパッと頭を切り替え次の試験に臨んだ。
 試験当日は本館内にある一室に全員が一旦集合し予約表を提出する。この提出した順番が試験の順番になり、ここから脈拍が上がりだす。
「それでは二列に並んで提出してください」
 着席していた受験生が皆立ち上がり、前に置かれたテーブルへ向かって長い列ができる。
 と、その時。
「あれっ? 武井くんじゃない!」
 なんと三鷹店のメカニック・武井くんが列の中にいるではないか。
「おっ!木代さんも受けるんだ」
「そりゃそうだよ、ここにいるんだから」
 会社の同僚と一緒になるとは夢にも思わなかったが、おかげで心が和み、プレッシャーもいくぶん低減した。書類の提出順から俺は武井くんの次になったはず。
「練習所には通ってんだろ」
「八王子。あそこほら、府中にそっくりだから」
 あんな遠いところまで…..
 武井くんも気合いが入っている。今回の受験者数は六十人弱と、いつもながらすごい人数だ。
 待合室から試験会場へと移る。途中、免許更新待ちがたむろする通路に「今日は見に行くよ」と言っていた弟の姿を発見。もちろん彼も悪戦苦闘中である。
 受験票を手にした試験官が皆の前に立った。
「はい、皆さんおはようございます。いつもお願いしていることですが、いかにもナナハンに乗れてるというような、メリハリある元気のいい走りをお願いしますね」
 もちろんそのつもりだ。運よく外周まで出られたら、峠だと思って豪快に開けてやるさ。
 試験が始まると早いもので、武井くんの名前が呼ばれた。

 FZX750に乗車するとスムーズに発進、ずいぶんと落ち着いている。これは相当な練習を積んできたに違いない。基本課題は慣れたものでまったく危なげがない。引き続き短制動も問題なく終了。すわ合格か?!と思いしや、次の坂道発進に着いた時、非情にもマイクのスイッチが入った。
「スタート地点へ戻ってください」
 えっ? あそこまで進んで不合格?? これはかなり厳しい判定である。
「次のかた、乗車してください」
 おっと、人の心配をしている場合じゃない。俺の番だ。彼には悪いが、武井くんが落ちたことによって肩の力が抜け、これまでになくリラックスできている。
 見てろよ、俺の走りを!
 今日の試験車両は三台ともヤマハのFZX750だ。ジェネシスエンジンを搭載するスポーツクルーザーで、癖もなくパワフルで非常に乗りやすい。
 基本課題は可もなく不可もなく通過、殆ど減点はないはずだ。短制動は完璧に決めてやった。停止した時点で試験中止のコールなし、さらに気合いが入る。
 狭路は難なく通過、法規走行へ。コーナーの立ち上がりではスムーズにスロットルが開き、リズムに乗ってきたのがわかった。障害物の側方通過では、減速時にシフトダウンが決まり、まるで峠を走っている感覚である。この時点で「いける!!」と確信。
 無事スタート地点へ戻り、下車の後、試験官の前へと進む。
「よかったですよ、合格です」
 合格時に試験官より差し出される黄色いカードを手にすると、これまで味わったことのない大きな喜びと安堵が胸いっぱいに広がった。
 うぉっしゃぁぁぁぁ!!!
 フェンスの端にいた武井くんへカードを見せびらかす。
「くっそぉぉぉ…..」
「お先ぃ~♪」
 彼のいかにも羨ましそうな顔を見ると、思わず笑顔がはじけた。ちなみに武井くんはこの悔しさをバネにしたのだろう、次の試験で合格する。


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