いぶかる社長に無理やり頼み込み、ふたたび怪しい業者へビンテージ第二弾を依頼。おおよそ一か月後に追加の三台が到着した。一度目の印象がよかったので、皆で意気揚々と開梱を始めたが、車体があらわになっていくにつれ、先回と様子が違うことに気がついた。上部がすべて開くと吉本くんの視線が“中身”に張りついた。
「やられたか……」
木枠から出てきた車体には、ベスパに詳しい者ならすぐに気がつく異変があった。オリジナルにかなり手が加えられていたのだ。ラリーと称する車体のレッグシールドが5㎝以上も削り取られていて妙に幅が狭く、これではベスパの持つ美しいラインが台無しである。その他の二台も意味不明なところに穴が開いてたり、おそらくカンペだろうが、質の悪い塗装が施されていたりと、商品にするにはかなりな手間と費用がかかるのは一目瞭然である。
事の顛末を社長へ報告すると、
「だから危ないって言ったんだよ……とにかく輸入業者へ連絡してなんとかクレームにしよう」
返品こそ叶わなかったが、社長の強い押しで、仕入れ価格をかなり下げてもらうことには成功した。これで最低限の加修を施し、なんとか販売していくしかない。
「今後ビンテージの扱いは一切禁止。いいね!」
吉本くん、今度ばかりは平身低頭である。
一方、バイク雑誌に掲載した【モト・ギャルソン コンプリートベスパ】の広告は予想以上の反響があった。当初はいくら改善改修した完璧なベスパを謳っても、メーカーの希望小売価格より高い販売価格などというものを、はたして消費者が受け入れるか不安だった。世の中、値引きなしでバイクを買うなんてことはありえない状況にあった。ところが、電話問い合わせや実際に来店してきたお客さんと話をすると、コンプリートベスパの高評価はもちろんだが、具体的な給油方法のレクチャーや、特に【乗り方教習実施しています】の文言に惹かれて興味が湧いたとの声が予想以上に多く、バイクに乗るのは初めて、または50ccのスクーターだったら乗ったことがある等々、大半が超初心者だった。
運転操作について言えば、ベスパは一般の国産スクーターのようなオートマチックではなく、発進には半クラッチ、加減速には変速操作と、普通のバイクとまったく同じなので、排気量100cc以上のベスパ100やET3に乗るなら自動二輪免許保持者だから問題はないが、最も問い合わせの多かった50sは、実地試験不要の原付免許か普通乗用車免許があれば法規上は運転可なので、たいがいの人たちは二輪操作未経験だ。案の定、販売が始まってみると、50s購入のお客さんのほぼ全員が乗り方教習を希望した。“乗り方教習実施しています”のキャッチが当たったのは嬉しかったが、その分納車の際には恐ろしく手間がかかる。交通量の比較的少ない裏路地へ連れて行っての教習になるが、公道なのでまったく車が来ないなんてことはありえず、非常に神経を使う仕事になったのだ。
「そうそう、もっとゆっくり離してね」
十六歳の女の子の顔は強張り続けている。
おっと、またまたエンスト。
「じゃ、いったん路肩へ寄せてからエンジンかけよう」
「う、動きません、、、」
「さっきも言ったでしょう、ギアをニュートラへ入れなきゃ」
「は、入りません、、、」
「ちょっと前へ押し出す感じで、スナップきかせて」
バイク操作を一から教えるのは容易でない。
なんとか発進ができるようになっても、新たに冷や汗をかく。
なにも指示しなければずっと一速で走り続けるのだ。だから並走しながら、
「二速へ上げて!」、「はい三速!!」ってな感じで指示を出さなければならない。
「はいはい、いいよいいよ、そのままそのまま!」
三速まで入ったはいいが、眼前には早くも交差点が近づいてくる。
「ブレーキ!ブレーキだよぉ!」
ベスピーノのブレーキ操作は独特だ。恐ろしいことだがフロントは殆ど効かないので、いかにリアを上手に使うかがポイントだ。
「OK、OK!」
なんとか止まったところまではよかったが、またもやエンスト。
「止まる直前にクラッチ握って一速へもどさなきゃって言ったでしょ」
「は、はい、、、」
こんなやり取りが、毎週末延々と続くのだった。
しかし苦労のかいあってか、ベスパの売り上げは順調に推移し、新車販売台数は開始から一年を待たずして、全国で三番目に入るペースへと成長した。ちなみに一位は専業店のホノラリー、二位は神奈川県の丸富オートである。
しかもこの空前のぺスパブームに乗るように、大手出版社であるBBC BOOKSより、ベスパのすべてを紹介する【VespaFILE】という本が刊行されることになり、その取材先のメインとしてモト・ギャルソン吉祥寺店が選ばれたのだ。スタンドのかけ方から簡単な操作法に関しては俺、メンテナンスに関しては吉本くんが担当した。取材と写真撮りに半日以上も要し、どのような本に仕上がるのかとワクワクである。
この頃になると店の雰囲気にちょっとした変化が生じてきた。来店客にモッズ風が多くなり、峠帰りのつなぎ姿の常連さんとバッティングしたりすると、絵柄のアンマッチングが甚だしい。
いったいこのバイク屋、なにをメインに売っているのか?