バイク屋時代 13・吉祥寺店

 吉祥寺店のある女子大通りは、吉祥寺通りの四軒寺交差点から住宅街を突き抜けるように青梅街道の桃井四丁目交差点へと繋がる、意外や“知る人ぞ知る道”。沿道にはその名の通り東京女子大学が所在し、その関係か、おしゃれな佇まいを持つ店が多く点在する。

 配属後は一刻も早く店に慣れたかったので、出勤は一番乗りを続けた。
 開錠したら先ずは店頭にバイクを並べて磨きを行う。埃を落とし、バイク専用ワックスで艶を出す。このワックスはエアゾールタイプで、カーワックスのような拭き取りは不要だ。単に塗り込むだけだが、汚れも落とせて同時に被膜が作れる優れもの。作業ついでに俺の愛車ヤマハJOGも、こいつでピッカピカに磨き上げた。
「あら、新しい人?」
 顔を上げると、がっちりとした体格のおばさんがすぐ脇に立っていた。なんとも姿勢がよくまるで仁王様のようだ。
「おはようございます」
「はい、となりの清水屋です」
 酒屋のおかみさんだ。この後挨拶に伺おうと考えていたので都合が良かった。
「新しい責任者の木代と言います。よろしくお願いします」
「そう。うちの息子、原付持ってるんで、なにかあったらお願いしようかな」
「いつでもどうぞ」
 あとからわかったことだが、見るからに豪快さを漂わせる清水屋のおかみさんは、モト・ギャルソン吉祥寺店も属している、ここ四軒寺商店会の“顔”らしい。そのせいではないと思うが、おかみさん、ご主人、息子さん、皆そろって顔が大きい。後日、高校生になる息子さんがヘルメットを買いに来てくれたが、在庫してあったアライのXLサイズでは、おでこに突っかかって入らず、致し方なく最大クラスの特注XXXLサイズを発注した。アライヘルメットの場合、最大と最小サイズの商品は受注生産となるので、納期はだいたい一か月以上かかる。

 吉祥寺店勤務となった最初の週末。嬉しいことに俺の常連客となっていた面々が、さっそく遊びに来てくれた。

吉祥寺店常連客の“今”

「お~っす! 木代さん、元気にしてる」
 奥村くんだ。スタッフみんなに紹介すると、RZ250のオーナーである彼は、ヤマハ好きのメカニック大杉君とすぐに打ち解けたようだ。
「じゃあこれから、カスタムの話なんかは大杉さんに頼めばいいんだ」
「やるよ。お金くれれば」
「あったりまえじゃ~ん」
 ふと腕時計を見ると、ちょうどお昼を回ったところ。
「奥村くん、飯食いに行こう」
「どっかあるんすか?」
「目の前」
「はぁ?」

 店の真ん前はT字路になっていて、その右側に“まるけん食堂”なる定食屋の暖簾が見える。異動初日に青田くんに教えてもらい、さっそくお昼に伺ってみると、その安さにびっくり。ほとんどの定食メニューがワンコインでいけるのだ。しかも冷奴や納豆などの単品メニューも豊富にそろっていて同じく安いので、リーズナブル且つ自分好みの定食にアレンジできる。若いご主人らしき男性とそのお母さん?の二名で切り盛りしている繁盛店だ。創業は昭和三十五年と、まさに老舗。
「じゃ、豚カツ定食ください」
「おれは親子丼で」
 互いにタバコを取り出して一服つける。奥村くんが気持ちよさそうに紫煙をくゆらせた。
「こっちの店の方が居心地よさそうじゃない」
「まあね。社長がいないから気が楽だよ」
 そう、まるでデニーズの頃と似たような環境である。たまに地区長が顔を出す時だけはやや窮屈だが、普段はのびのびとできる。
「はい、おまたせしました」
 出来立て熱々の料理はなにより。たまには弁当も悪くないが、やはりご飯は茶碗にふっくらとよそられた方が断然うまい。
「へ~、この味でこの値段なら毎日でもいいよね」
「ほんと、助かる」
 昼時とあって、次から次へと客がくる。
 すると、
「二人で行ってるって聞いたからさぁ、それうまそうじゃん!」
 声をかけてきたのは中央大学三年生の嶋恒くん(通称シマちゃん)。彼の愛車もRZ250初期型で、RZ250三羽烏の三人は面白いほど気が合った。
「すみませ~ん、サバ味噌定食ください」
 ちなみにまるけんのサバ味噌はうまい。甘辛さがちょうどよく、ご飯が限りなくすすむ。
「ところで木代さんさ、おれ、次のビッグツーリングは行くよ」
 シマちゃんは仲間ができたのでツーリングへ行きたくてしょうがないのだ。それはRZ250を手に入れた奥村くんも同じこと。彼らが参加すれば間違いなく面白くなりそうだ。
「木代さん、その時はRZで来てよね」
 その時ぎらっと目を輝かせた奥村くん、
「あ、それだめだめ。ギャルソンの社長が許してくれないから」
「そーなの?! 三人RZでそろわなきゃつまんないじゃん」
 そのとおりだ。ここはなんとか社長を説得しなければ……


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