十月三十一日(木)。奥多摩の紅葉はどんなものかと、古道・浅間尾根を歩いてきた。暑くも寒くもなく、おまけにほとんど風なし。やはり秋の山歩きはたまらなく快適だ。
実は二年前の十二月に同じルートを歩いた際にロストを引き起こし、ずいぶんと長い時間を森の中でさまようことになった。木々に摑まらなければ滑り落ちてしまうほどの急坂で、冷や汗をかきながら下ったことは記憶に新しい。そのロストを犯した最初の地点を検証するのも今回の目的のひとつ。ちなみにロストとは、“ルートを見失う”、“ルートを間違える”という意味。
数馬へ向かう路線バスは、上川乗を過ぎると乗客は私を含めて五人とがらがらになる。これも平日ならではだ。登山口は浅間尾根登山口バス停を降りて、はす向かいの橋を渡ればその先に見える。冷え切った空気感の中、吐く息は白く、ウィンドブレーカーを羽織って出発。
昨日までの雨で湿りきった九十九折が終わるころ、空が大きく開け、尾根道に出た。ロストした地点はこの尾根道のどこかである。慎重に周囲をチェックしながら進んでいくと、一本松を過ぎたところで二年前にも同じように掲示してあった“通行止め”が目に入った。まだ新しそうなので差し替えたばかりか。そして先回と同様に迂回路を探した。
と、この時何かが頭に引っ掛かる……
通行止めとなった山道は、そもそもメインの道ではなく、かなり昔にお役御免となった廃道。難しいことを考えずに、これまで歩いてきた道をそのまま進めばよかったのだ。ところが<通行止め=迂回路あり>と判断したわけである。その時、右手に道順を示すピンクテープが目に入り、販社的にそちらへ歩の向きを変えてしまう。登山者にとってピンクテープは何よりの道しるべだからだ。ところが見つけたピンクテープは南側斜面に設置した金属フェンスをわかりやすく示すために付けられたもので、本来の道順を示す用途ではなかった。しかも運悪く近くに林業従事者の踏み跡と思しきものもあり、これを正しい道と勘違いして突き進んでしまったのだ。
今回は頭をリセットして素直に山道を歩き続けた。当たり前だが何の問題も起こらない。僅かな心の引っ掛かりや不自然さを覚えたとき、一旦立ち止まって状況をじっくりと観察、そのうえで冷静に物事を判断するというプロセスを踏んでいれば、至極普通の山歩きだったわけだ。肝心な場面でものを考えない己が何とも情けない。
浅間嶺の展望台へ到着すると、ラッキーなことに富士山が顔を出していた。三度目にして初である。さっそくベンチに食料やバーナーなどを並べ始めると、同じバスに乗っていた若い男性が上がってきた。登山口では私より先に出発していたから、恐らく寄り道だろう。間もなくすると今度は東側から熊鈴の音が近づいてきた。ススキの中から姿を現したのは年配夫婦と思しき二人連れ。太った奥さんが一方的に何かをまくしたてながら歩いて来るが、全くリアクションのないご主人。そのままの状態で二人ベンチに腰かけ普通に食事が始まるからおもしろい。
浅間尾根は登山初心者や年配ハイカーにはもってこいのルート。眺めがいいうえに上りはわずかで急登なし。行程の約70%が緩やかな下りなので体力に自信のない方にもおすすめである。