
春のビッグツーリングは大成功だった。お客さんの定着も向上したように感じるし、やはり店と顧客のつながりを密にしようと考えた場合、一泊イベントの効果は想像以上だ。場の雰囲気とアルコールの入った盛り上がりのせいか、普段面と向かって店員に言いにくいような話題も抵抗なく出てきたし、それによって店側とお客さんのギャップが解消していくケースも見られた。良い意味で互いを知ることができたのは、営業マンにとって仕事上でとても益になる。
そしてビッグツーリングのメリットはこれだけではなかった。
参加者が出発準備にいそしむ翌朝の駐車場。この中でがぜん注目を集めるのがAチームのメンバーたち。彼らは全員、二輪好きが憧れる限定解除ライダーである。GSX-R1100、V-MAX、ZZR1100等々、大人気のモンスターモデルを颯爽と乗りこなす姿は文句なしにカッコいいし、同じツーリングイベントに参加するにも、Aチームで走ることができれば最高のステータスを心行くまで楽しめる。こんな雰囲気に影響され、「よっしゃ、俺も限定解除するかな!」と、奮起するお客さんも少なくない。
また、いきなり限定解除とはいかなくても、VT250など、初心者向きなバイクのオーナーは、Bチームの皮ツナギを身にまとったFZR400やNSR250乗りに羨望のまなざしを向け、イベント終了の一週間後、「やっぱ、ヨンヒャクに乗り換えようかな」と、実際に代替商談を持ちかけてきたお客さんが二名も現れた。
こうして考えると、たかがツーリングイベントとは言えなくなる。うまく運営すれば、社員のモチベーションアップ、顧客の定着率向上、そして販売促進にまでつながるからだ。

ある日の午後。在庫で仕入れた数台のスクーターにプライスカードを取り付けていると、ヤマハの担当営業の三沢さんがやってきた。各メーカーには地区の担当営業マンがいて、定期的に来店してはキャンペーンやニューモデルの情報提供、カタログの補充等々を行っていく。彼らとのコミュニケーションはとても意味があり、業界の動向から近隣店舗のネタ話まで、なかなか入手できない貴重な情報が得られることも屡々だ。
「まいど! どうっすか景気は」
どこの営業マンも、来店の第一声はたいがいこれ。
「ヤマハが売れるバイクを出してくれればね~」
「出てるじゃないですか、FZRシリーズが」
「はは、わかってるけどさ」
「こんどね、EXUPの威力をもっと知ってもらおうと、販売店向けの大々的な試乗会をやるんですよ」
「そーなんだ」
「もっと驚いてくださいよぉ」
一九八八年。ヤマハの4サイクル人気レプリカシリーズ、FZR250、FZR400にEXUP(エグザップ)と称する可変排気システムが装着され、作用としては回転数に応じて排気の抜け(圧)を変化させ、排気脈動をコントロール。理論的には回転全域でパワーアップするという。
「おっ、三沢くん、きてたんだ」
いつの間にか社長が中二階から降りてきた。
「社長、まいどです」
「そういえば、またあるんだって試乗会」
「はい。ギャルソンさんにはまだ返事もらってないですけど」
「そうだった?」
「ええ」
試乗会とは何やら面白そうだ。
「ねえ、木代くん」
「はい」
「行ってみない、試乗会。サーキットみたいなところで走れるよ」
な、なに、なんだって。
「どこでやるんですか? そもそも俺が行っていいんですか?」
「いいよ。これも経験ですよ」
詳しく話を聞くと、試乗会の会場は“ヤマハ袋井テストコース”で、その名にあるように場所は静岡県の袋井だ。一周6kmのコースは一九六九年二月に開設されたもので、コースレイアウトはあの有名な鈴鹿サーキットにそっくりという。一般道ではなく、本格的なクローズドコースを使ってのニューモデル試乗会とはなんとも素晴らしい。
しかもだ、テストコースまでの往復旅費は全てヤマハもちで、もちろんランチまで用意されているという。こいつは仕事を超えて猛烈に興味が湧いてきた。ビッグツーリング、そして今回の試乗会。バイク屋の仕事ってのは、かくも楽しく刺激的なのだ。

試乗に必要なヘルメット、グラブ、ブーツ、皮ツナギは、事前に宅急便で送ってあったので、当日は集合場所である袋井駅に行きさえすればOK。東京駅で新幹線に乗り込むと、座席にバイクメーカーのブルゾンを着込んだ若い男性がぽつりぽつりと目についた。行先は同じだろう。
袋井で下車すると駅前にはすでに多くのバイク屋らしき人達が集まっている。送迎バスも到着していて、各々順次乗車していく。
市街地を抜けると道は山間に入った。だいたいサーキットは人里離れた山の中にあるものだ。
ゲートを通過すると広大な敷地が現れる。ここでヤマハの幾多の名車が生まれたと思うと実に感慨深い。当然RZ250も走りに走って煮詰められていったのだ。
控室で参加者全員皮ツナギに着替えると、ずらりと試乗車が並ぶスタート地点へと案内された。
「こーゆーところで見るとレプリカは様になるな」
「これか、EXUPのユニットは」
皆、バイクの周りに集まり、興味津々と眺めている。
レプリカブームの中心は依然2サイクル車だったが、ヤマハに関してはホンダNSR250、スズキRGV250Γに押され気味で、4サイクルレプリカであるFZRシリーズに重きをおいているように感じらる。
「それではA班からスタートしますので準備お願いします」
バイクレース並びに袋井テストコース経験者はA班、それ以外はB班に組み込まれた。もちろん俺は後者だ。
試乗車はFZR400、FZR250それぞれ六台がグリッドに並んでいる。まずはベテランぞろいのA班、合計十二台+先導車が一斉にスタート。サーキットのようなコースと皮ツナギ、この組み合わせがレプリカバイクを本当にかっこよく見せる。
先導車がいるのでストレートの速度はやや抑えられているが、第一コーナーである左70Rをクリアすると車間がばらつき始め、各自思いっきりスロットルを開けているのがわかる。連なってスプーンカーブを疾走するところなど、なかなかどうして迫力満点。あっという間に三周が終わった。一本三周で、今回は二本走る。
いよいよ順番だ。跨ったのはFZR400。緊張の一瞬だ。EXUP未搭載のFZR400は少しだけ街乗りをしたことがあるが、スポーツ走行は未経験。しかもこのような広いところで走るのは初めてなので、とにかくスタート後は前車に食らいついて行くことだけを考えた。
第一コーナーに入ると、悲しいかな、峠っ走りの癖が出てしまう。左カーブに対して自然とインベタになるのだ。ところが先行車は逆に右へ大きく膨らむラインを取り、クリッピングで一気に向き変えをした。瞬く間に離され、おまけに追従車にはあおられる始末。立ち上がるとスプーンカーブに入り、ここでは思いっきり加速できた。なかなかトルクフル。速度が上がったところでアピンが待ち構える。ブレーキングと共にシフトダウンするが、焦って今一段落とし切れぬままにスロットルを開けたが、なるほどこれがEXUPの効果か、明らかに“なし”とは異なる力強い立ち上がりを見せ、若干だがミスをカバーしてくれた。最終コーナーをクリアするころには多少操作に慣れて気持ちにゆとりが出てきた。あと二周、楽しむ!!

FZR250へ乗り換えて二本目が終わると、休憩をはさんで今度はBW’sの試乗が駐車場の特設コースで行われた。BW’sは“ビーウィズ”と読む50ccのスクーターで、特徴はそのお洒落なスタイル。ファットなタイヤ、デュアルヘッドライト、そしてボディーカラーに白とスカイブルーを大胆にあしらったポップなデザイン。発売直後からヒット商品となっていた。
ここでもA班とB班に分かれての試乗である。
「すげ~、みんなカッ飛んでるな~」
先に走り込んでいるA班の面々を見て、隣の二人がにやにやしながら話している。
すると突然、
「ペース落として!レースじゃないですよぉ!!」
ヤマハのスタッフが拡声器片手に、唾を飛ばしながら叫んだ。
その直後、目の前を一台が激しく旋回していくと、カランカランっと何かが転がってきた。目を凝らすと、なんと“センタースタンド”である。思いっきりフルバンクさせるので、センタースタンドの一部が路面に擦れ続け、しまいには削れ落ちてしまうのだ。これではヤマハのスタッフが怒るのも無理はない。スタンドがもげ落ちて、“自立”できないBW’sがすでに三台も施設の脇に置いてある。
さて、B班に順番が回った。
いざスタートすると、排気量50ccとはとても思えない加速にびっくり。前を走る青のツナギの彼についていくと、最初の左コーナーを物凄いフォームで旋回していくではないか。俗にいう“スクーターレース乗り”だ。そういえば八王子から来た彼、バスの中でスクーターレースをやっていると話していた。
スクーターはバンク角があまりないから、スポーツ走行の場合、車体を立たせて極端なリーンインフォームを使うが、私には馴染みがないので、普通のバイクのように深くバンクさせてコーナースピードを上げていった。二週目に入ったとたん、やはりセンタースタンドを強く路面に当ててしまい、同時にリアタイヤが浮き転倒。気が付けばコースの外へ飛び出していた。この時顎の先をちょびっと削ってしまい、カッコ悪かったが、なかなか血が止まらなかったので、救急テントで大げさに絆創膏を張ってもらった。
「だいじょぶっすか?!」
「へへ、お騒がせしました」
それにしても今回の試乗会はいい経験だった。Newモデルをいち早く試せたことも嬉しかったが、まんまサーキットのようなところで、しかも走行ラインに乗って走る楽しさを知ったのは大きな収穫だ。

ちなみにこの七年後。ヤマハの本格ツインスポーツ・TRX850が発表されると、再び袋井テストコースを走ることになった。この時は、ワールドGPで活躍したヤマハのエースライダー“平忠彦”と、同じく250ccクラスのエース“難波恭司”が参加し、見事なデモ走行を披露してくれた。

このTRX850はヤマハにとってかなりな自信作だったらしく、試乗会にはツインスポーツの最高峰と呼ばれる、イタリアDUCATI社のスーパーバイク888と900SSが二台づつ用意され、比較試乗という趣向だった。残念ながら俺は抽選にはずれ、DUCATIに乗ることはできなかったが、これまで馴染みのなかったビッグツインの面白さを感じられた最良の機会になった。