いろいと考えたあげく、西伊豆の仁科に宿をとった。
紅葉の様子が気になっていたし、先日手に入れたND1000を磯で使ってみたいこともあり、どうせやるなら腰を据えてカメラを向けてみたいと思ったのだ。それと伊豆への距離感の変化も大きく影響している。
ZXR750を駆り、伊豆スカで無心になって飛ばしていた頃は、伊豆一周日帰りなんて荒業も平気でこなしたものだが、今では車でさえ走行距離が400km近くに及ぶと、腰を中心に大きな疲労を感じるようになった。
苦痛をこらえながらでは楽しくないので、一泊二日というたっぷりとした時間を有効に使い、ゆとりある撮影行としたのだ。無理をせず、加齢に合わせるやり方は、今後のポイントになりそうだ。
十一月二十三日(木)。自宅を五時に出発。調布から中央道にのる。本来なら東名高速だが、今月の二七日まで集中工事が行われていて、大井松田から先が通行止めになっていた。もっともこのコースなら山中湖へ寄り道ができるので、天候さえよければ富士山をいい角度から拝むことができる。
道志みちから右折。いつものボート置き場に車を停めて畔へ出た。湖面には盛大な霧が立ち込め、幻想的である。身を切る寒さで震えがきたが、タムロンの手振れ補正は素晴らしい仕事を見せ、手持ちでもしっかりとテレ端まで使うことができた。これは威力といっていいレベルである。
四季折々、朝夕と大きく変化する富士山と湖。近くに住んでいたら、チャンスを逃さずレンズを向けられるだろう。
籠坂峠を下り、R246を目指して進んで行くと、いつの間にか新しい道に入りこんでしまい、進むべき方向がわからなくなった。カーナビで調べると、この新道はどうやら真西へ向かっているようだ。しばらく走ると見覚えのある景色が見えてきてほっとはしたが、ここ数年、伊豆も含めてやたらと新しい道を建設しているが、果たして本当に必要なのだろうか。伊豆の奥深い山々の景観がことごとく崩れていくようで、内心穏やかではいられない。
デニーズ三島北店でしっかりと朝食をとった後は、湯ヶ島へ向けて出発。ウェザーニューズの紅葉情報によれば、出会い橋周辺が紅葉見ごろと出ていた。
下田街道を大仁辺りまでくると、予想したとおり風が出てきた。しかもけっこうな強風だ。これもウェザーニューズよりの情報だが、今日明日の西伊豆は、終日8mの風が吹き荒れるとのこと。山間部での紅葉撮りには問題ないが、磯に近づくのは無理がありそうだ。ちょっとがっかり。
瑞祥橋の脇に車を停め、目と鼻の先にある出会い橋へ近付いてみると、はっ、なんだよこれ……
またまたがっかり。紅葉見ごろなんて全くの嘘っぱち。殆ど落葉していて、枝に残っている葉も荒れ果て画にならない。意気揚々として出かけたまではよかったが、対象が不発では、正直力が抜ける。気を取りなおして数キロ先の河津七滝へ行ってみたが、ここは輪をかけて酷かった。七滝の中でも、紅葉だったら初景滝付近がよいとサイトに記述があったが、そこへ至る前に引き返した。今春の桜撮りはジャストミートだっただけに、本当にがっかりだ。
「予約している木代ですけど、チェックインは何時ですか」
磯に行っても強風だろうし、こうなったら早いとこ宿へ行って、温泉浸かって酒でもくらった方がよっぽどましだ。
「三時からです。お待ちしてます」
河津温泉の下佐ヶ野を右折して山間の細い道に入る。何度も通ったところだが、ここはけっこう飛ばす車が多く気が抜けない。下りに入り幅員が広くなってくると、間もなく最初の交差点が見えてくる。右へ行けば宿のある西伊豆へ、左へ行けば下田市街から蓑掛岩のある南伊豆へ至る。ところがここへきて風が若干弱まってきたのだ。どうしたものか……
うっしゃぁ!はるばる東京から来たんだ。左へ向けてハンドルを切った。
下田駅前を通過、さらに南下して青野川を渡ると、明らかに風が弱まっている。ただ、弱くなったといっても、三脚撮影ができるかどうかは微妙なところ。トンネルを抜けると左側から南伊豆の明るい陽光が射してきた。
蓑掛岩の撮影ポイントである大瀬漁港へ車を入れようとすると、これまで一度も見かけたことのない“関係者以外立ち入り禁止”の看板が立っている。周囲を見回すと人っ子一人いない。ちょっとだけという甘い気持ちに後押しされ、看板をスルー。車を停止させ、手際よく機材を準備。さっそく磯へ入り込んだ。三脚を立てD600を雲台に載せる。フォーカスから露出まで全てマニュアル設定である。ピントを合わせ、ND1000を取り付けるとシャッターを切った。ただ、状況はやはり厳しかった。突風が強く、とてもではないが長時間露光なんてできそうな状況でない。何枚か撮ってモニターするが、どれも芳しくない。半ば諦めたとき、
「あんた、看板見なかったの」
びっくりして振り返ると、よく日に焼けた老人が立っていた。
「す、すみません。ちょっとだけって思って、、、」
「だめだよ、ここはコロナが完全に解決するまで部外者お断りにしたの」
「いや~~、もうしわけない、すぐに出ますので」
いい歳をして、恥ずかしいことをしてしまった。紅葉から始まり何から何まで当てが外れ、少々自棄になっていたのかもしれない。地元の方の意図したことも考えずに暴走してしまい、大いに反省である。結局ここでは五枚しか撮れず、まともに映っていたのは一枚のみだった。
それにしてもコロナ禍。伊豆半島南端の小さな町にも脅威を見せていたとは……
漁港から今宵の宿までは、約30kmの道のりである。右へ左へと小刻みにハンドルを切る山間の単純な道が延々と続き、そのうち腰が悲鳴を上げだした。
宿は仁科川河口にある【西伊豆ゆったりくつろげる旅館・由喜松】。朝食おにぎり付きで一泊税込み三千九百円と、かなりリーズナブルである。予約段階ではちょっと不安もあったが、チェックインを済ませ館内を見回すと、掃除は行き届いているし、こじんまりした四畳半の部屋は、必要最低限の備品もちゃんと用意され、当初は雨風凌げればなんて思っていたが、いやいやなかなかの好印象。私以外に単独男性が二人宿泊しているという。人心地ついたあとは、コンビニへ買い出し。その後は大好きな食堂“茶房ぱぴよん”で夕食だ。
この晩はよく眠れた。五時半に目を覚まし、カーテンを開けると薄暗い中にも、松の木が強風に煽られているのがよくわかった。これでは今日も磯はOUT。まっ、温泉に入って羽を伸ばせただけでもよしとしなければ。帰りは寄り道なしと決め、朝食を済ませると早々に宿を出発した。
「お世話さま」
「どうもありがとうございます。またお願いします」
「女将さんのところもコロナで大変なんじゃないですか」
「それがね、コロナでもうちみたいな安宿はほとんど影響がないんですよ」
「へー、そうなんだ」
由喜松のような素泊まり宿は、仕事関係の客が大半だそうで、泊まっていた単独男性2人も職人さんだ。この近くの現場に呼ばれて、他県からはるばる赴いたとのこと。しかもこの二人、今年に入って三度目らしい。
さて、ストレートに帰るとしても、東名高速が使えないから、中央道周りかはたまた小田原厚木道路となる。できれば沼津にちょっと立ち寄りたかったが、時間がかかり過ぎるので今回はパス。国道から宇久須南を右折して、久々になる仁科峠を目指した。大まかな帰路は、仁科峠~西天城高原線~R136~R1~箱根~小田原厚木道路。
これでもかというような急勾配の連続を、1200ccのPOLOがあえぎあえぎ登っていく。そのご褒美ではないが、牧場の家までくると、大海原と沿岸の町が見渡せる、まさにビッグビューが待っていた。惜しいことに快晴ではあったが、富士山方面には雲が出ていてその全貌は拝めなかった。一、二枚撮ろうと車から出ると、強烈な寒風が襲いかかり、たちまち鼻水が溢れてくる。
しかしいい眺めだ。今回の撮影行一番といっていい。紅葉と長時間露光は楽しめなかったが、最後の最後でちょっとだけ気分が上向いた。
ただ、一枚さえまともに撮れなかったことは過去にもなく、いいようのない悔いが残ってしまった。自然相手だからどうしようもないが、ショックのせいか、粘着質な疲労が二~三日まとわりついて、今でも写欲は下がったままだ。しかし、落ち込んでいても一カ月後には年中行事の年末撮影会がある。早々に頭を切り替え、新たなアイデアを練り直さなければ……