東名高速道をひたすら西へと向かうセリカXX。
目を横にやれば、助手席に座る麻美の膝の上で、すやすやと娘の絢子が眠っている。
なんだかとても暖かく、そして優しい空気がキャビンに充満し、新しい家族の歴史がまさにスタートしたんだなと、ハンドルを握る両手にも力が入った。
ほどよい緊張感のせいか、名古屋を過ぎても疲れは全くといって感じず、快適なドライブが淡々と続いた。
「ちょっと休もう。トイレも行きたいし」
リクエストに応えて、十数キロ先にある養老SAへ寄ることにした。
麻美が車から降りる前にバトンタッチ。腕の中の絢子は意外や重かった。
赤ちゃん独特の温かさと匂いが立ち込め、その寝顔と相俟って、なんてかわいいのだろうと思わず顔が緩んでしまう。特にパパの顔をじっと見つめる視線には、「まいったぁ」としかいいようがない。
予想された渋滞もなく、順調に京都を通過。ここまでくれば目指す西宮は目と鼻の先だ。
さすがに疲れたか、大あくびをすると、前方に西宮出口の案内板が見えてきた。
「どうですか、新家庭のご感想は」
丸顔の宗川UMITが、ニコニコしながら聞いてきた。
「てんやわんやって感じかな」
実際、てんやわんやだった。
全ては絢子を中心に回っていて、ミルクがどうだ、ウンチがどうだ、鼻水垂れた、ゲップしたと、四六時中ドタバタである。だけど、なんか楽しい。
夜泣きも半端でない。殆ど2時間おきにオギャーオギャーが始まり、ミルクを与えるまで収まることがない。
母乳の量が少ないので、粉ミルクも飲ませなければならないが、絶えず麻美に作らせては大変なので、交代で私も行う。ただ不思議なもので、これだけしょっちゅう起こされても辛いとは感じず、翌日の仕事にも殆ど影響が出ない。これが親ばかパワーだろうか。
一方、店の売り上げは安定期に入り、オープンの頃のような怒涛の入客は鳴りを潜め、西宮中前田店も関西レベルに落ち着いた。
関西エリアは年商3億に手が届きそうな超繁忙店はない代わりに、2億を大幅に割るような不振店もない。言い換えれば、並レベルで“団栗の背比べ”になっているのが特徴だ。
「そういえば独身寮ですが、住吉の中間社員が先日一人入って、一応満室になったようです」
「じゃ、今日上がったら様子を見に行ってくるよ。高級マンションだから汚されたらたまったもんじゃないからな」
「活を入れてきてください」
「そうだね」
寮は阪神西宮駅の南口にあり、駅からも近ければ、店まで歩いて20分弱の好立地にあった。
内外装も限りなく新築に近い状態で、これまで知っている独身寮の中ではダントツ級だ。
寮生の辰吉が早番だったので、仕事上がりに一緒に行ってみることにした。
「おっ、意外ときれいにしてるじゃん」
テーブルセットしかない15畳のリビングは、やけに広く感じる。
「ここ広いですけど、みんなが集まることはあんまりないんで」
「まあそうだよな。お前と大金は正反対のシフトだもんな」
「でも、住吉の鈴木さんも含めて、みんなマナーがいいから暮らしやすいですよ。それと谷岡さんがたまに差入してくれるし」
それは知らなかった。あいつ、気が利くし、LCとしてスタッフの使い方がうまいのは、こんなところからも窺えるな。
「鈴木さんが入ってきた時は、ビール買ってきてくれて小歓迎会もしましたよ」
「なんだ、俺も呼んでくれたらよかったのに」
「クックだけでってことで」
「なんだ、冷てえな」
きれい好きな谷岡がたまに来てくれるなら心強い。統制もとれるし、問題の種はいち早く私の耳に入るだろう。帰りしなに辰吉の部屋をちらっと覗いたら、今の若者らしくTVやラジカセもちゃんと揃えてある。よく見りゃ私のマンションなんかよりよっぽど贅沢な造りだ。遥か昔、浦和太田窪店の独身寮と較べてたら、それこそ天と地の差がある。
「お前ら恵まれてるよな」
「おかげさんで」
「それじゃあ、また明日」
「お疲れさんです」
全てに安心して寮を後にした。
ところがだ、この数日後。寮の目と鼻の先で、恐るべき事件が勃発したのである。