若い頃・デニーズ時代 77

関西事務所は吹田市にある江坂駅から歩いてすぐの雑居ビルに入っていた。
ドアを開き足を踏み入れると、私と同年代と思しき男性が笑顔で迎えてくれた。鈴木さんという営業管理の方で、こじんまりした部屋にいるのは彼一人だけだった。事務所を開設したのはつい最近だろうか、開けていない段ボール箱が部屋の隅に2~3個並んでいるし、扉が半分ほど開いたスチール棚の中は空っぽだ。

3人でテーブルを囲み、開店スケジュール表を基に確認作業を行った。
最初に目が付いたのはメンバーリスト。相棒となるマネージャー2名は共にUMITで「宗川」と「辻井」。リードクックは“使える”と評判の高い「谷岡」という男。春本DMの「この3人だったら絶対に文句は出ない」との力強い口調に、何だか気持ちが楽になってきた。
アルバイトの募集も全体的に順調のようだ。但、平日のモーニング~ランチのMDがなかなか集まらないとのことだが、時間的にはまだ余裕があるので、その辺は今後に期待したい。
そして既に展開中のクローバー作戦(人海戦術により、最商圏内の一般住宅、職域を訪問して、デニーズ新店オープンを知らしめること)からは、興味深い事実が浮かび上がっていた。
尋ね歩くと、殆どの方がデニーズレストランを知らないと言う。西宮近辺でファミリーレストランと言ったら、一に“神戸屋レストラン”、そして“ロイヤルホスト”、“すかいらーく”らしい。

「デニーズ? ディズニーランドちゃいまんの?」

こんな反応が返ってきたのも一度だけではない。しかし関西は初進出だから、至極当たり前の話でもある。他社に追いつけ追い越せと、我々がこれから地道に頑張り続ければ、少しづつでも必ず知名度は上がってくる筈だ。

一通りの説明と質疑応答の後は、鈴木さんも交えての夕食となった。

「じゃ、カーニバルプラザへ行きましょうか」

このカーニバルプラザとやら、大阪ではちょいと有名らしく、非常にトレンディーな場所とのこと。事務所からは目と鼻の先にあり、実際に徒歩で5分もかからなかった。
到着して辺りを見回すと、大きな公園の中にレストランを中心としたその他アクティビティーが点在していて、東京でも見たことのない形態であり、確かに新鮮味はある。
春本DMは何度か利用したことがあるのだろう、慣れた感じで我々を案内してくれた。

「木代は江坂から電車で帰ってもらうから、ビール飲んでいいぜ。そうそう鈴木さんもやってくださいよ」
「じゃ、木代さん、お言葉に甘えましょうよ」
「ました~~♪」

話題は仕事半分、プライベート半分。なんだかんだ盛り上がった。

「鈴木さん、寮の方はどうなってます」

春本DMは、ビールが飲めない代わりにひたすら肉を頬張っている。

「ちょっと家賃が高かったけど、阪神西宮駅近くに3LDKのマンションを見つけました。リビングなんか15畳もありますよ」
「そりゃ豪華ですね」
「神戸住吉で一人、木代んとこが二人入る予定だ」

準備は確実に進行していた。宗川は既に引っ越しも終わり、昨日からクローバー作戦にも参加しているとのこと。辻川も新居の契約は完了しているようで、私と同じく残すところは引っ越しのみ。彼らは独身だから、その辺は身軽にちゃちゃっとやっつけられる。
明日沼津へ戻ってからは忙しくなりそうだ。一人で住んでいた頃は冷蔵庫すらなく、布団にちゃぶ台、着替えが少々ってなものだったが、所帯を持てば当然それは二人分以上になっていた。スケジュールも迫っているので、休みは朝から動いて一日でまとめる必要がある。

「それにしてもさ、中前田のオーナーさんは、なんだか凄そうな人だよ」
「どうしてですか」

春本さんが意味深な表情で話し始めた。
店舗の地鎮祭に立ち会った最中の出来事なのだが、気が付くと2台の黒塗りのベンツが近づいてきて、明らかにその筋とわかる男達5人が車から降りてきた。

「誰に許可とったん!!」

突然の出来事に春本さん並びに参加者は右往左往。ところがひとり動じないオーナーさんは、輩のリーダーと思しき男に歩み寄ると、ひとことふたこと何かを話し掛けた。すると摩訶不思議、何もなかったように男たちは立ち去ったそうだ。
一呼吸おいてから、春本さんがオーナーさんに何を言ったのか聞いてみると、

「仕事、やったんですわ」

興味をくすぐる一言。想像が膨れ上がった。
もうひとつ。実はオーナーさん、地鎮祭に“ひとり”では来なかった。オーナーさんは自らベンツを運転してきたが、そのあとからピタッと寄り添うようにグレーのアウディーがついてきていた。乗っていたのはひとりの男。
髪をきれいに後ろへ撫でつけ、薄い色の入った眼鏡をかけ、びしっとした黒のスーツを纏い、車を運転している時と同様に、降りてからも絶えずオーナーさんと同間隔を保ち続けていたのだ。

「あれさ、誰が見たって用心棒だよな」
「そんな感じですね」
「オーナーさんも結構怪しい人だったりして」

会話は他人ごとのように面白おかしく進んでいたが、その内容故に、どうしても高田馬場事件を思い出してしまう。
嫌な記憶だ。暴力団と聞くだけで虫唾が走り、今回も緊張感は避けられない。況して関西は本場っぽいイメージがあるから尚更だ。
開店準備の一環として西宮警察署へは挨拶に行くが、警察があまり頼りにならないことは高田馬場で痛いほどわかっていた。

「木代さん。引っ越しが終わったら、地域を少しでも知ってもらえるように、西宮、神戸界隈を半日くらい車で案内しますね」

酔いが回ったのか、頬に赤みが増してきた鈴木さんである。

「それはありがたいです。色々とすみません」
「関西、ガッチリやりましょう!」

さっ、来週からだ!!


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