若い頃・デニーズ時代 70

海あり山あり川あり、そして夏は涼しく冬は暖か。抜群のロケーションと過ごしやすさが光る沼津は、デニーズに入社して以来、溜まりに溜まった鬱憤やもやもやを、少しずつだが確実に取り除てくれ、遂にはリラックスという言葉の意味を実感をもって知ることができたのだ。

眼前に大海原が広がる千本浜。癒しの場所として何度となく訪れていたが、ここへ来るときは一人のことが多い。
堤防へ腰かけ、何をすることもなくただ海を眺め、潮風にあたり、行きかう人々に目をやり、時間の経過に身をゆだねる。見渡せば私と同じように過ごしている人もちらほら見かけ、ここが市民にとってかけがえのない憩いの場所になっていることが分かる。
少し東へ歩を進めば、賑やかな沼津港が見えてくる。静岡県下第2位の水揚げ量を誇る漁港だが、同時に西伊豆の人気スポットである大瀬崎、土肥等々へと繋ぐ観光船の発着港でもある。夏ともなれば朝から凄まじい人波が押し寄せ、乗船口には長蛇の列ができる。子供の頃、ここから家族四人で遊覧船“龍宮丸”に乗って、海水浴を楽しみに大瀬崎へ行ったことがある。桟橋に到着し、船から降りて足元の海を覗くと、無数の青く小さな魚が泳ぐ様が手に取るように分かり、その透明度の高さに度肝を抜かれたことを覚えている。

「それじゃそろそろ会議を切り上げて、港へ行くか」

東海地区のUM会議は原則的に静岡長沼で行われるが、今回は沼津インター店に全員が集まった。その訳は、昨年から開催が始まった、沼津港を中心とするお祭り【海神祭】が中々の評判ということで、皆で一度は行ってみようということになったのだ。
東海地区のメンバーは、坂下DMを中心に皆仲がいいから、こんなイベントも自然に出てくるのだ。

港に到着すると、魚市場の駐車場にずらっと並ぶ出店が、祭りの雰囲気を盛り上げていた。

「いらっしゃ~い!この鰯料理は全部無料ですよ~~!食べてってくださいね」

どこの店からも威勢のいい声が飛び交ってくる。
どうやら出店の訴えるテーマは“鰯”のようだ。魚がそれほど好きでない人だったら、まず鰯を口にすることはないだろう。何故なら“ザ・魚”と言うべき生臭さに耐えきれないからだ。鮮度の落ちも早く、そうなれば尚更臭いは強力になる。
ところが、そんな鰯も調理法さえ工夫すれば、これだけ美味しくいただけることをアピールしていたのだ。
聞けば鰯の水揚げ量も県下トップクラスだそうだ。
試しに煮つけを試食してみた。

「おっ、美味いじゃん」
「ほんとだ。ご飯が欲しくなる味だな」
「これなら子供もOKかも」

生姜の風味をきかせたその煮つけは、ご飯のおかずにはもちろんのこと、酒の肴にしたらついつい飲み過ぎてしまうほど。その他焼き物も香ばしさと程良い苦味が素晴らしかったし、何と刺身は全く生臭さが感じられない。

「いや~~食った食った」
「お金払いたいくらいですよね」
「ほんとほんと」

海神祭は出店だけではなく、浜へ出ればウィンドサーフィンのレースもあるようだが、残念ながら今日は終わっていた。
腹ごなしに皆で港をぐるりと一周歩き、その後一応解散とした。東京でこのようなUM会議は絶対にありえないし、また想像もつかない。それにしてもこのメンバーの大らかさには笑いがでてしまう。
特に最年長者である静岡長沼UMの小森さんは、大らかでプラス志向が強く、いつも輪の中心にいて皆を和ませてくれる。年上と言うこともあり、坂下DMも小森さんには一目置くところがあり、良い意味で彼はUMとDMの間のクッション的役割を果たしていた。

「どうです?囲みます?」
「2~3回ならいいよ」
「じゃ決まりだ♪」

静岡でも沼津でも、締めはこれ。
究極の夏ピークが訪れる、旧盆前の静かなひと時である。

「へぇ~、みんなで海神祭行ったんだ」
「なんだ、連れてって欲しかった?」
「んっ、いい。魚嫌いだから」

沼津に住んでいて魚が嫌いとは、何とも勿体ない。

「海神祭はどうでもいいから、お肉食べに行こう」
「肉かい」
「盆休みもヘルプに行くんだから、うんと美味しいやつね♪」

実は、麻美に旧盆期間中の助っ人を頼んでいた。彼女の勤めるカーディーラーも5日間の盆休みがあったので、そこから2日間を当ててもらったのだ。
何もそこまでとは考えたが、やはり初となる沼津インター店の旧盆はそれだけプレッシャーの掛かる大イベントなので、どうしても安全マージンたっぷりの布陣が欲しかったのだ。


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