山は賑やか、日の出山

今年は暖かくなるのが早い。
先月末、既に今年初っ端の山歩きを果たしたが、2月に山へ行くなど、それこそ10年前の箱根・金時山以来である。
コースはいつもの“古里~二俣尾”。大塚山のツツジにはまだまだ早いが、これほどの好天になったら、うずうずそわそわ、とても家などには籠っていられない。
7時50分。鳩ノ巣駐車場へ到着すると、先ずはその車の多さにびっくりした。ゴールデンウィークなどを除けば、恐らくこれまでで一番入っていると思う。区画された分だけを見ると、空きは残り3台のみ。新型コロナウィルスの影響で、多くの人々が集中する都心は敬遠されるのか。

8時22分の電車の乗る為に、陸橋を渡って上りホームへと向かう。
雲一つなく風もほとんど感じない。青空につられて思いっきり深呼吸をしたら、体の中の燻りが瞬く間に吐き出されていく。駅周辺には白や紅の梅の花があちこちに咲き誇り、春気分は満点だ。

古里で下車し登山口へ向かうと、こちらもいたるところで梅の花が可憐な色で出迎えてくれた。
トイレを済まし上着を脱いでザックへ詰め込んでいると、おやおや珍しい、単独の年配男性二人、年配女性の二人組、それと夫婦者二組と、準備体操に勤しんでいる脇を通過して行くではないか。ここでこれほどの人を目にするとは驚きだ。本来なら寂しいくらいに人の気配がないところで、鳩ノ巣駐車場もそうだが、今日は一体どうなっているのか。

恐らく気温は5℃にも満たないと思うが、登りの連続に掛かれば瞬く間に汗が噴き出てきて、ワークシャツ一枚でちょうどいい感じだ。2週間前に刈寄山へ登っているので、体の慣らしは程々できているが、今回も歩幅を狭めて足への負担を意識して軽減させる。よって先行する人達には追い付く筈もなく、静かな山を独り占めだ。
そんなマイペースキープだったが、前方に最初に登山口を通過した年配男性の後ろ姿が見えてきた。小柄で帽子を深くかぶり、短い黒のゲートルを付けているのですぐに分かった。
徐々にその距離は縮んでいき、ついに横に並ぶと、

「こんにちは、今日はいい天気ですね」
「そうだね、気持ちいいね」

良く日に焼けた横顔に笑顔が見えた。この後少しの間だが、歩きながらお喋りした。
名前は伺わなかったが、年齢は70後半、若い頃は山が大好きで、槍ヶ岳に4度も登頂したほどで、全アルプスはもちろん、八ヶ岳や奥多摩、奥秩父等々、この界隈だったら殆どの山を制覇したらしい。但、60代までは山を楽しめたが、70を超えると急に体力が落ちてきて、今は山を楽しむというより、健康維持のために歩いているとのこと。家でテレビでも見ていればこんなしんどい思いをすることもないが、それでは老化が加速しそうなので心配だと言う。
前期高齢者になった私にとって、これは冗談抜きで身につまされる話であり、決して他人ごとではない。何故なら健康こそ人生後半戦に最も必要とされる条件だからだ。
ご主人の一生懸命に歩いている姿を見ていたら、ついつい偉そうなことを言いたくなってきた。

「いいじゃないですかご主人。健康維持という目的があって山歩きをしてるんですもん。目的ってのは絶対に必要ですよ」
「楽しちゃ駄目だな」
「ですね!」

ちょっと勇気が湧いてきた。

大塚山へ到着したが、山頂広場に人っ子一人いない。あれだけの人数が先行しているのに誰もいないということは、皆休憩しないのか、してもほんの短時間か、だとすれば、いやはやパワフル。
尤もここはベンチやテーブルがあっても、眺めはなく、面白みはない。それほど疲れていなければ、御岳山まで行ってから休んだ方がいいだろう。
私もパスすることにした。
そう、あとひと月もすると、ここから御岳山まではミヤマツツジの花のトンネルと化すのだ。

御岳山から日の出山に通じる尾根道を歩いていると、若い女性の二人組が何やら双眼鏡を持ち出して、歓声を上げている。何だろうと興味が湧いた。

「何かいるんですか?」
「ウソです。あの真正面の枝に」
「ん?どこ?」
「ほら、あそこですよ、あそこ、小さい鳥です」
「あ~~あれね、分りました!」

分かったと同時に感心した。
あんなスズメと見間違えるような小さい鳥を、歩きながら良く見つけたもんだ。何でもそうだが、バードウォッチングも楽しむレベルまで行きつくには、やはりある程度の経験が必要だ。

順調に歩は進み、無事に日の出山山頂へ到着。ところがここでまたまたびっくり。あれだけ多く設置してあるベンチが全て埋まっている。ラッキーなことに、ちょうど真ん中にある東屋から夫婦者のハイカーが出発するところだったので、それではとタイミングよく滑り込んだのだ。
日の出山は人気の山だけに、いつも大勢のハイカーで賑わっているが、よく出くわす中学生の遠足に当たっているわけでもないのに、これだけ人が溢れていること自体が珍しい。見回すと、その殆どが私と同年代か、それ以上の人達だ。これもコロナの影響か??
それにしても腹が減った。大塚山へ至る分岐で小休止した際、我慢できずにアンパンを半分食したら、かえって腹が減りだしたのだ。セブンで調達したおにぎりといなり寿司、そしてカップヌードルをザックから取り出し、ガスバーナーで湯を沸かす。沸騰を待ちきれずに、おにぎりといなり寿司を完食。更に残り半分となったアンパンも平らげた。
お湯を注いで3分、さっそくカップヌードルを啜りだす。

「あら、いい匂いね」

振り向くと、左隣の年配夫婦の奥さんが、私のカップヌードルを激見しているではないか。

「山頂だから特にそう感じるんじゃないですか」
「かもしれないわね、こんなコンビニのおにぎりだって山で食べると格別だもの」

これもアウトドアの魅力である。自宅に籠ってひとり寂しくカップヌードルを啜っても、美味くもなんともない。

「それじゃお先にぃ~」
「気をつけて」

ご夫婦が出発すると、間を入れずに今度は年配女性の二人組が滑り込んできた。ベンチに腰掛けるといきなりEPIのガスバーナーをザックから出し、一緒に弁当やらその他食べ物をテーブルに並べだした。山慣れしている様子がありありだ。

「いい天気ですね」
「なかなかないですよ、こんな日は」

カップヌードルを完食するとさすがに満腹になったが、甘いものならまだいけそうだ。
そんな胸中を読まれたのか、EPIの女性が小さなタッパーを取り出すと、

「よかったらどうぞ」

おっ、果物の砂糖漬けだ。

「この人、お料理上手なのよ」
「それじゃ、遠慮なくいただきます」

なるほど、シンプルなスイーツだが、市販のものよりジューシーで香りもいい。これなら“お料理上手”も頷ける。
殆どおにぎりとパンで済ませる私と違って、最近のハイカーには食事に一工夫する傾向が多々見られる。先回の日の出山では、年配夫婦のご主人が、うどん玉と刻んだ野菜、それに冷凍した肉を並べると、小さなペットボトルに入れてきた出汁を小鍋に注ぎ、それら具材を煮込み始めたのだ。しばらくすると何ともいい香りが漂い始めるのだ。しかしそれだけではなかった。今度は奥さんがマイバーナーを点火させると、何と餅を焼きだした。
できあがったご主人お手製の煮込みうどんが二人分に分けられると、タイミングよく焼き上がった餅がトッピングされた。思わずこちらも生唾ごっくんである。
これだけのレベルになると、ザックの荷物はかなり増えるだろうが、何も山の楽しみはガンガン歩き回るだけではない。山に入る人の数だけ楽しみ方があるのだ。

愛宕神社へ辿り着くと、ここにも早咲きの桜と梅の花が視界の至る所に見ることができた。もうすぐ咲き出すツツジと言い、やはり愛宕神社は“花の神社”だ。


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