若い頃・デニーズ時代 64

朝7時。イシバシプラザ駐車場入り口に待ち合わせた3人は、早朝の空気を楽しんでいるようだった。

「おはようございます!」
「けっこう寒いっすね」
「エンジンの掛かりが悪かったもんな~」

吐く息が白い。温暖な沼津でも、3月半ばの早朝はまだまだ冷える。
しかし陽が昇って来れば、やはり伊豆は暖かい。

「今日は予定通り西から下田ですか」
「行けますって、行っちゃいましょう」
「OK!」

因みに、延々と西海岸沿いを下田まで走り抜くと、距離は130kmにも及び、ツーリングペースで走ればノンストップで3時間以上はゆうにかかるハードディスタンス。良し悪しは別として、これなら丸一日たっぷりとライディングに浸れそうだ。
顔を見回せば皆走りたくてうずうずしているのが良く分かる。
スタート後は御成橋からR414に入り、口野橋を渡ったらすぐに右折。ここから下田までは延々と道なりだ。
それにしても、2サイクルツイン、4サイクルマルチ、4サイクルシングルと、各車のエンジン音が全く異なるので、走り出すとそのアンサンブルが堪らなく楽しい。
シーパラダイスを過ぎ、富士見トンネルを通過すると、徐々にスロットルは開いていった。

このコースは、夏場さえ除けば非常に交通量が少なく、スポーツライディングを楽しむにはもってこい。ガソリンスタンドも内浦、戸田、土肥、松崎と、要所々々にあるから万全だ。海の幸を食わせる食事処などはそれこそいくらでもある。
天気にも恵まれ、3人は快調に飛ばした。先頭は佐藤さん、次が高橋君でケツ持ちは私だ。最初は先頭をやってくれと言われたが、何しろRZ250は2サイクル。オイル混じりの煙を吐きながら走るので、後ろの面々はそれをもろに被ることになる。大瀬崎まではやや道が荒れていて慎重な運転が続いたが、その先からは幅員が広がり路面も新しくなるので軽快感がまるで違う。
案の定、前の二人のペースが上がってきた。回り込むきついカーブとアップダウンがライディングの楽しさを倍増し、自然とスロットルが開いてしまうのだ。RZはややブレーキが甘いのが欠点。しかし加速は流石に2サイクル。カーブの立ち上がりではいとも簡単に高橋君のケツに接近できる。
それにしても、流石ナナハン乗りの佐藤さんはスムースだ。全くペースが乱れないし、フォームもリーンウィズかきれいに決まっている。
痛快なエキゾーストノートを響かせながら、あっという間に土肥に到着。
バイクを国道沿いの市営無料駐車場に入れ、ここで一回目の休憩を取った。

「今日は最高だね」
「貸切ですよ、道」
「ほんとほんと」

駐車場の目の前は海水浴場になっていて、ロケーションは言うことなし。
ベンチに腰掛け、海風を頬に感じながらの一服はなんとも贅沢。気温もだいぶ上がってきたようで、佇んでいても寒さはそれほど気にならない。
この時期になると、西海岸の山々には早咲きの山桜が開花し始め、緑の斜面の所々に白いアクセントをつける。
眺めるだけで春を連想し、気分は浮かれてくる。年間で最もバイクツーリングに適したシーズンの到来だ。
土肥からも道なりで南下していくが、松崎の町はずれから今度は海岸沿いでなく山間へとルートチェンジ。この先に待つ蛇石峠はタイトターンが連続し、夏場ならひと汗かくほどの頻繁な体重移動が必要になってくる。このような道でスポーツするなら、大型なナナハンより高橋君や私のような小型軽量なバイクの方が断然面白い。
上賀茂、大賀茂を経て無事に下田の市街へ入ると、ちょうど昼前だったので、ロードサイドにあったラーメン店で昼食とした。ヘルメットを脱ぐとさすがに皆疲れが顔に出ている。

「疲れた~~」
「そりゃそうだ、ここ、下田だよ」
「ガッツリ食いましょうや」

伊豆はバイクツーリングのメッカ。ところが今日はここまで来るのに我々以外にバイクは一台も見かけていない。
やや季節が早いこともあるが、やはり平日のメリットは大きい。

どんな仕事であろうと苦労や悩みは多々あるものだ。
入社以来、出世だ、トップだと馬車馬の如く突き進んできたが、ある程度仕事の要領が分かってくると当然余裕が生まれ、それに導かれるように雑念が湧き出す。簡単に言えば、冷静に自分の立場や今後を考えるようになってくるのだ。
日常茶飯事の残業、通し勤務、そしてバイトの充足率に連動する休日取得率等々、これほど真っ黒な問題だらけなのに、これまで何の疑いもなく当たり前の事象として捉えてきた。ところが、ある日を境に突如猜疑の対象として浮かび上がる。
体が潰れ、次に精神が病み、最後は苦しさや不満からの逃避。これは多くのブラック企業に見られる“負の連鎖”。
会社と労組が最大限の努力を続けなければ、この深刻な問題の抜本的解決には至らないが、それはひとまず脇に置いても、先ずは自分自身の心身維持を図る必要があると思う。
私にとってバイクという趣味を得られたことは、大袈裟な表現でなく、救いだったと確信している。
仕事の問題は仕事上でしか解決できないし、その行為は責務でもある。しかし、伴う精神疲労は何かしらのケアをしない限り蓄積する一方だ。放っておけば十中八九潰れることになる。要はストレス解消が必要なのだ。
伊豆の山々をリズムに乗って疾走している時は、日常の全てを忘れるだけではなく、快感の坩堝に浸れ、更に自在に走るにはどうしたらいいかと真剣な試行錯誤が始まる。このプロセスこそがアドレナリンの源であり、結果として際限のない活力が生まれてくるのだ。
“生き返る”という表現が最も相応しいだろう。
過酷な労働環境で心身共々クタクタになっていても、バイクに乗って伊豆を駆け巡れば、何とも言い難いエネルギーをチャージでき、まるでRPGの主人公のように蘇るのである。
現在のデニーズの労働環境は素晴らしいだろうが、それにしたって仕事をすれば大なり小なりストレスは溜まるもの。何でもいいからプライベートに打ち込める楽しみを持ち、幾度となく生き返って欲しいと願っている。

― いらっしゃいませ、デニーズへようこそ♪


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