若い頃・デニーズ時代 53

暗い応接間に黒いソファーセット。真向かいに深々と腰を掛けている体格のいい年配男の両脇には、先ほどのぎょろ目と刺青スキンヘッドが、男を取り囲むように立っている。
あまりの圧迫感に気分が悪くなりそうだ。

「まあ、座れや」

しゃがれた声には聞き覚えがあった。間違いなく電話をかけてきた〇木という男だ。
人を威嚇するのにこれ以上の声質はないと断言できる。
恐る恐るソファーに腰掛け、改めて周囲を眺めてみると、何ともうろたえてしまうものが目に入ってきた。
右手に置かれたキャビネットの上に、3本の日本刀が飾ってあるのだ。薄暗さの中で見ると、殺気まで感じ鳥肌が立った。
〇木さんは一方的に話を始めた。しかしその殆どが電話で伝えてきたものとさほど変わらない内容であり、わざわざ来ることもないような気がした。それにしても〇木さんの横に立つぎょろ目の射るような視線が気にかかる。

「そんなところだから、うまくやってくれ」
「あ、はい、すぐに上司へ伝えます」

この間、とてつもなく長く感じたが、実際はほんの3~4分だろう。

「それじゃ失礼します」

事務所から出る際、うっかり“敬礼”を忘れてしまったが、今度はどやされることはなかった。
緊迫感から解放され、どっと疲れが出てきた。
やはり“本物”は迫力があり、映画やTVで観るのと違って、いつ何時実際の被害を被るか分からないのだ。
一直線に店へと戻って、何はともあれ一服つけた。

「あ~、うめ~」

肺の奥の奥まで吸い込んだ煙を一気に吐き出した。こんな時にはウルトラヘビーなショッポの煙が嬉しい。
濃いニコチンが染み渡り、高ぶった気持ちが沈静化する。

「店長、どうでした」

中ノ森さんが心配顔で覗き込んできた。

「ややこしくなってきたよ」

どう考えても本部が営業時間の変更なんて認めるわけがない。しかしそれを店サイドで「できません!」と返答したら、あの連中が何をしてくるか、想像するだけで頭痛がしてくる。
但、事務所訪問から1週間が経っていたが、今のところ静かな日々が続いる。
このまま終わりになるのか?!などと甘い願望までが浮かぶほどだ。
ところが、、、疫病神は突如現れた。

「いらっしゃいませ、デニーズへようこそ」

MDのグリーティングにつられて入口へ目線をやると、思わず息が止まった。
とてつもなく大きな黒い影が、今まさに店内へと侵入してくるところだ。一般客とは異なるオーラーを放っているのは、紛れもない、あの事務所にいた“ぎょろ目”である。
私をみとめると、すぐさま近づいてきた。蛇に睨まれたカエルとはこのような状態なのだろう、一瞬体が強張ってしまった。
いきなり袖をつかまれると、レジから少し離れたスペースへと引っ張られた。

「ど、どうも」
「いいから、花買ってくれよ」

いきなり“花”ときた。
安っぽい造花を無理やり置かされ、そのレンタル賃として月々20,000円も30,000円も取られる、世間一般では“みかじめ料”と呼ばれているものだ。

「上司に相談しないと何とも、、、」
「あんたのポケットマネーでいいんだよ」
「一応禁じられていますので、、、」

この一言に反応したぎょろ目が、更にぎょろ目になった。
これは怖い…

「暴走族の件も含めて言ってんだよ」
「そう言われても、、、」

ぎょろ目が苛立ち始めるのが分かった。
中ノ森さんと小笠原さんが遠目で心配そうにこっちの動きを伺っている。

「ちょっとこっちこいや」

再び袖口をつかまれると、今度は男子トイレへと連れていかれた。
高田馬場店は大正製薬厚生課ビル一階にテナントとして入っているので、店内レイアウトは特殊になる。トイレも広く8畳ほどのスペースがあるが、幸か不幸か一人のお客様もいない。
但、トイレに入る時、ドアの外に小笠原さんが張り付いたのが分かり、有難かったし心強かった。

突如襟首をつかまれ、グッと引き寄せられた。
ぎょろ目の息がかかるほどの至近距離である。こんなの恫喝以外の何ものでもない。

「いいから出せよ」
「そう言われても困ります」

これしか答えようがない。

「めんどくせー奴だな。あのな、怒るとさ、俺、何するかわかんねえよ」

それでも耐えに耐えた。困ります、勘弁してくださいをひたすら繰り返すしかなかった。
胸ぐらをつかまれても、たばこの煙を吹き付けられても、困ります、勘弁してくださいだけを通した。

「また来るから、今度は準備して待っとけ」

ぎょろ目のやつ、踵を返すと、いったんレジ前まで行き、なんとレジ横に置いてあるキャンディーやチューインガムを鷲掴みにし、そのまま帰ろうとしている。

「すみません、それ困るんですけど」

それ以上のことは言えなかったしできなかった。
ぎょろ目は振り返ることもなく、店を出ていった。
度胸のない自分に嫌気もさしたが、実際、その筋の人間と分かれば、これ以上踏み出すことは難しい。

何れにしても詳細を報告しなければならないので、すぐに土田DMへ連絡を入れた。
折り返しは30分後にあったが、相談を持ち掛けても営業時間の変更はできないの一点張りで、しかもあからさまに〇木さんとは接触したくないと言いだす始末。堪忍袋の緒が切れた私は、

「分りましたよDM。それじゃ先方にDMの名前や連絡先を全部喋って、直接やってもらうように言います」
「なんだお前!」
「なんだお前じゃないでしょうが!、それでも上司ですか!!」

これが入社以来初となる上司への口答えとなった。
イライラは頂点に達していた。これまで耐えに耐えてきた幹部クラスへの不満がついに爆発したのだ。
相談に乗ってくれないDMなど、存在価値などある筈もない。
但、言い争っていても先へは進めないので、とにかくあのような手合いに対抗できるような何らかの手段を、幹部レベルで考えてほしい旨を伝え電話を切った。

その後、ぎょろ目の来店は頻度を増していった。
花の件は断り続けたが、相変わらずガムやキャンディーを持って帰ったり、レジ周りで騒いだりと、店の雰囲気は明らかに悪化の一途。何とかしなければと気が気ではなかった。
このままでは店の評判は落ち、売り上げダウンは免れない。
どうなってしまうのか、私と高田馬場店。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です