若い頃・デニーズ時代 51

予想に反し、新人UMITは実によくやってくれた。
小笠原さん、38歳妻帯者。彼はとにかくお洒落。いつもびしっと決めたオールバック、姿勢がいいからスーツが似合って清潔さが映えわたる。
児玉さん、42歳同じく妻帯者。何をやっても真面目さが滲む、ちょっと不器用な昭和のお父さんといった印象。
二人とも仕事全般に対して真摯なところに好感を持たれるのだろう、アルバイト達ともすぐにコミュニケーションが取れるようになり、今のところ中ノ森さんともうまくやっている。
彼らから見れば、私も中ノ森さんも年下になるが、上から目線は一切なく、むしろデニーズのマジメントを一日でも早くマスターしようとする積極性が仕事に現れていて、こちらまでもつられて発奮してしまうほど。
異動後早一ヵ月で、理想的な体制ができつつあると実感でき、ほっと一段落である。

「店長、あの方、知ってます?」

ランチピークの真っ最中、中ノ森さんが傍を通る際にそっと耳元でささやいた。
示す方へ目をやると、テニスウェアを決めている長身の男性が、カウンターでアイスコーヒーを一気飲みしている。
はいはいはいはい、知ってるなんてもんじゃない、彼、「おらは死んじまっただ」の加藤和彦だ。
店の裏手には大正セントラルテニスクラブがあるので、そこでプレイをしていたのだろう。
見つめていたら、突然彼と目線があった。

「これ、もう一杯」
「はい、かしこまりました!」

当時はデニーズを利用する芸能関係者は意外と多かった。
初めてUMをやった東久留米店では、元旦の開店早々に所ジョージが一人ふらりとやってきて、やはりカウンターに腰掛けるとモーニングを注文した。

「所さん、正月番組で忙しいんじゃないですか」
「あれ全部録画だから」

たったこれだけの会話だったが、相手が相手だけにちょっと緊張。
それと私が異動してくる前の高田馬場店の話になるが、深夜帯に当時噂のカップルとして騒がれていた、城みちると伊藤咲子が二人肩を並べて来店したとのことだ。これは中々のスクープではなかろうか。

賑やかな都会のど真ん中に位置する高田馬場店。郊外店では味わえない濃密な空気感が客層の違いを生み出している。大正セントラルテニスクラブの更に裏手には学習院大学のキャンパスがあり、アルバイトの中にも男子学生が二名ほどいる。そして常連客の中にここの女子学生のグループがいて、最低週に2~3回の利用があった。
学習院と言えば、一般には皇族が通う大学として知られているので、そのイメージは“まじめ”だろう。もちろん私もそう思っていた。ところがこの女の子達、大凡それが当てはまらない。ぱっと見は今でいうところのギャルに近いものがあり、女子高生のようなバカ騒ぎはしないものの、話し方やメイク、装い等々は学習院のイメージとやや食い違う。彼女たちには共通した第一印象があって、それはズバリ“いいとこのお嬢さん”。育ちの良さというものは、何気ない素振りや、身なりのちょっとしたところから窺えるもの。

「ちょっと、あれ紀子じゃないの?!」
「えっ~~、なにあの車!」

つられて駐車場の入口へ目をやると、紀子と称される子が今まさに自ら車を運転して駐車場へ入っていくところなのだが、その車種がぶっ飛びだ。何とそれこそ皇室や総理大臣の公用車にもなっているトヨタのセンチュリーなのだ。ただでさえ狭い高田馬場店の駐車場にあの巨体を入れるのはそうとう無理がある。

「小笠原さん! ダッシュで駐車場行って誘導して」
「ました!」

一応何事もなく車を入れることができ、間もなくするとやや頬を赤らめた“紀子さん”が入ってきた。

「なによ誰の車!?」
「パパの乗ってきちゃった」

間違いなく凄いパパなのだろう。

「やりますね、あの子」

声に振り向くと、ディッシュアップウィンドウに苦笑いをしているKH福田の顔があった。ことの顛末を見ていたのだろう。彼は高田馬場店の主のような存在で、アルバイトではあるがオープン当初からのメンバーである。
下手なLCより仕事はできるし、社員そしてアルバイト達からの信望も高いが、絶対に自分の能力を鼻にかけず、いつも横田LCの右腕に徹するところがナイス。

「あのグループ、もうかれこれ2年になるかな、全員高等科から上がってきた子達ですよ」
「そうなんだ」
「まだ1年生じゃないですかね」

さすが主。店に関してはお客さんのことも良く知っている。

「すみませ~ん」

小笠原さんがすぐに彼女たちのテーブルへ向かった。

「チョコレートシェークとフレンチフライください」
「はいかしこまりました」

ディナーに入る前のまったりとした時間帯。
緊張感の絶えない高田馬場店に於いては、貴重なひと時と言えよう。


「若い頃・デニーズ時代 51」への6件のフィードバック

  1. 待ってました、新しい更新!一気に読んでしまいました。次も楽しみにしています。

    1. ありがとうございます!
      高田馬場店以降は色々と波乱がありましたので、記憶もはっきりとしているところが多く、リアルに書けそうです♪
      これからもよろしくお願いします。

  2. 元社員です。
    いつも楽しみにしております!
    私もデニーズは若かりし頃の青春の思い出です✨✨
    高田馬場と西新宿に隣接している、大正セントラルテニスクラブ懐かしいですね(^^)
    これからも楽しいお話を期待してます!

    1. お便りありがとうございます。
      私もデニーズでの日々は青春の真っただ中でした。
      ここで社会を学び、現在に繋がっていると思っています。
      どうぞこれからもよろしくお願いいたします☆

  3. 自分の入社前のデニーズを知るのに最適です。
    いつも楽しみに更新を待ってます。

    1. こんにちは。おたよりありがとうございます。
      今のデニーズと昔のデニーズ、やはり大きな違いがあるのでしょうね。
      基本は同じとしても、よく利用する近所のデニーズで受ける印象は、私の頃のそれとは幾分の差があるように感じます。
      でも、客の立場になった今も、やはりデニーズは好きかな~~♪

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