若い頃・デニーズ時代 42

「この売り上げ予測、どうなんすかね」

納得いかない表情は佐々岡UMITだ。
確かに年商3億は大きい気がする。多摩地区の店舗は個々の売り上げにあまり大きな差がなく、大凡1.8億から上は2.4億レベルで推移している。若しも錦町が3億を叩き出せば、ひとつ頭が飛び出るということだ。

「どうなんすかねって言ったって、上が決めたことだからな。恐らく3億やらないとペイできないんだよ」
「ました。それじゃ木代さんからいただいた売り上げ予測で、予定発注量の確認をやっときます」
「よろしく」

冷凍並びに冷蔵品、ノーイング等々は本部が作成したオープンスケジュールに則って納品されるが、パンや青果は直前の売り上げ予測を参考にして、店から業者へと発注を掛けるのだ。

「開店早々品切れなんてことのないようにな」
「ました」

事務所のドアが開くと、3ステで行っているMDトレーニングの声が聞こえてきた。
一生懸命になって仕事を覚えようとする彼女たちの前向きな姿を見ていると、自分も原点に戻らなければなとつくづく思う。UMへ昇格できたのはもちろん嬉しかったが、その後は目標が消滅したような空虚さに包まれ、今一歩力が入っていなかった。更にここからDMの席を狙うってのも現実的でないし、そもそもDM職にはあまり魅力を感じない。一国一城の主というスタイルが好きだし、スタッフのみんなと手を取り合いながら目標へ向かうというのが最も自分らしい。

「そうだ、藍田」
「はい」
「今日からディッシュの方が2名来るんで、インサート、シルバー、それとプレート、全部洗ってもらってスタンバイよろしくね!」
「ました。水上さんと打ち合わせしときます」

ここまで来るとオープンへの現実味が大きく膨らみ圧迫感さえ覚える。
食器類の洗浄さえ終えれば、プリパレとキッチンの最終仕上げに入り、後はオープンを待つばかりだ。

「マネージャー、八王子店の柏澤さんから電話です」

確か柏澤ってUMITの筈、、、
何用だろう。

「おはようございます、木代です」
「お忙しいところすみません。実はうちのMDがそちらの店へ移りたいとのことなんです」
「いいの? 現役が来てくれればこっちは助かるけど」
「家が近いらしいです。近々に伺わせますのでよろしくお願いします」
「わかった。なんて子?」
「窪田紀子、女子大生ですよ」

これは朗報だ。ヘルプがいなくなった後は当然自力で運営しなければならないが、新人MDが一通りの仕事を覚えて完全な戦力になるまでは、早くとも二カ月はかかる。それにトレーニングに関しても男性のマネージャーだけではどうしても行き届かない部分が出てくるので、そんな時に現役MDが一人でもいてくれると事がうまく進むのだ。
しかし、それにしても怪しい。
バイトの放出なんてそんな一大事、なんで梅本UMから直接話しがないのだろう。
もしかして使えない奴?
問題児?
何れにしても、来店したらひととおりの面接を行い、じっくりと人物を観させてもらおう。

その翌日。電話でアポ取りを済ませた窪田紀子が来店した。
フロントに立った彼女は、大袈裟ではなく後光がさしていた。
身長160㎝以上、スタイル抜群、そして優しい笑み。大概の男性は釘付けになること間違いなしの容姿である。
とんでもない性格ならともかく、見た目だけなら即採用のレベルだ。

「おはようございます、窪田です。よろしくお願いします」
「ああどうも、店長の木代です」

梅本UM直々に電話がなかったことは、何となく分かった気がする。
恐らく悔しくて地団駄踏んで、お冠になっているのだ。これでは八王子の常連客の何人かがこちらへ移ってくることだってあり得る。
彼女はそれほどの美人なのだ。
某有名大学の2年生で、自宅から錦町店までは自転車で10分以内で来られるようだ。テニスサークルに加入しているが、それほど力を入れていないので、試験期間中は外しても、土日+平日1日程度なら出られるとのこと。
八王子での仕事は楽しかったが、通勤が地理的に不便だったので、錦町の新店オープンを知って梅本UMに相談したらしい。
話し方は非常にはきはきしてるし、理知的さも感じられる。そして目尻にできる笑い皺ががとてもチャーミングなのだ。
採用決定後、速やかにオープン日も含めた当面のスケジュールを打ち合わせ決定した。
理想的な準備が整ってくると、安堵感と同時にやる気を覚えてきた。

「それじゃ失礼します」
「気を付けてね」

ルーバーの隙間からずっとこちらを伺っていた藍田と水上が、ニヤケ面丸出しで近寄ってきた。

「いや~~可愛い子だ、もちろん採用ですよね?!」
「来週から来られるってさ」
「やったぁ~~」

藍田は辺り構わず満面の笑みを爆発させているし、普段は仏頂面の多い水上も、さっきからだらしなく目尻が下がっている。まっ、そういう私も強力な看板娘ができて大満足。あの容姿をもってなら、職種はMDよりDLの方が効果的だろう。美人DLに粒ぞろいのMDか、、、
なんだか楽しくなってきたぞ!
と、その時、

「こら、お前ら何にやついてんだ」

いきなり背後からかかった濁声にびっくり。
振り返って更に度肝を抜かれる。
バックよりの侵入者は、な、なんと小寺RM。

「おはようございます!」
「お前ら、しまらない顔だな。そんなしけた面並べて売れんのか」

相変わらず口が悪い人だ。
デニーズの国内展開にあたり、イトーヨーカ堂首脳部は、当初の核となるスタッフを既存のホテルやレストラン業界からかき集めたのだろうが、この面々の中には堪らなく下品な人がいて、その言動には驚くばかりだ。
それこそパワハラ、セクハラのオンパレードであり、今時だったら完璧な訴訟レベル。
<俺は場末のレストランで苦労してきた本物の叩き上げなんだ>と誇らしげに語る某LCは、機嫌が悪くなるとすぐに暴言をまき散らし、更にヒートアップするとマジな回し蹴りが飛び出す始末。これは立派な傷害であり、ある時あまりにも頭に来たので、正当防衛と称して思いっきりぶん殴ってやろうかと考えたこともある。
紺のYシャツにオレンジ色のネクタイといういで立ちの某DMは、普段鬼のような形相をしているにもかかわらず、たまの来店時にニューフェイスの可愛いMDを見つけると、ガラッと相貌を崩し、<ずいぶんと可愛いね~~、男に騙されないよう気を付けるんだよぉ!>なんてことを辺りを憚らづ、しかも大きな声で言い放つのだ。
デニーズの幹部としても、また一般社会人としても、どうなんだろう彼。

「ました!」
「とにかく頑張れや。それじゃ」

一瞬の出来事であった。
ところで何しに来たんだ? 言っちゃ悪いが、これも仕事?
新規開店へのMotivationが上がってきたところに水を差されたようで後味が悪い。
まっ、それはさておき、梅本UMへ報告とお礼の電話をしなければ、、、
ちょっと怖いなと思いつつ、受話器を取りダイヤルを回した。


「若い頃・デニーズ時代 42」への2件のフィードバック

  1. 現在のデニーズは改装は多いが新規出店の数は微々たるものです。
    新店オープンには色々な解決しなければならない問題が山積みだと現場は考えています。

    1. なるほど、現在はリニューアルが中心となっているのですね。
      デニーズに限らずファミリーレストラン界の運営は、バブル崩壊以降、縮小均衡的な動きで推移していると思われます。

      新店オープンに際しての問題は大昔から多々ありました。
      主たるものは本部のフォローアップのなさです。開けるだけ開けといて、あとはよろしく!では、オペレーションレベルは維持できません。
      絶対に必要となるのは永続的な本部のフォローです。しかしその橋渡し役となるDMのやる気と力はまちまちで、私は納得できるDMの下で働いたことは一度もありません。
      DMさん。あなたの仕事は何ですか??の問いを、10年間抱き続けていました。

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