若い頃・デニーズ時代 35

「八王子の新店、梅本さんがやるんですね!」
「みたいだな。まっ、ベテランだからね、彼」

梅本さんは、東久留米店のUMである。同店へは食材を借りに2~3度行ったことがあるが、梅本UMとはいつも挨拶程度で、それ以上のやり取りをしたことはない。ひょろっと背が高く猫背な彼の第一印象は、神経質、年齢不詳、落ち着きがない、等々で、ずばり部下にはなりたくないタイプである。
しかし、新店オープンを任されるのだから、実力的には高く評価されているのだろ。それに多摩地区のUMの中では最古参とのことなので、その辺の経験も買われたのだ。
それにしても気になるのは、梅本UMの後釜である。

「おはよう!!」

突如事務所に飛び込んできたのは、おなじみ人事部の本田さんである。
声が大きくいつも笑みを絶やさない快活な人だが、今日は特にテンションが高い。

「ど、どうしたんですか」
「聞いて驚くなよ」

本田さんの両眼が光った。

「木代、おめでとう! 東久留米のUMだ!」

僅かな期待感は持っていたが、こんなに早く実現とは、、、

「う、嘘じゃないですよね」
「ばかやろう! 何で俺が嘘を言わなきゃならないんだよ」

高揚感で体が火照った。嬉しさと不安がごちゃ混ぜになって体を覆いつくしていく。

「で、いつからですか」
「梅本さんは開店準備があるんで、今の店は今月いっぱいじゃないかな」
「ということは、あと2週間ちょっとしかないわけですね」
「そうだ。その間に大事な引継ぎがあるぞ」
「ました!」
「いずれにせよ詳しいことは、今田DMからあると思う」

これは大変だ。UMの仕事は大方理解しているし、また実践にも自信はある。しかし、自分自身が店のトップに立って切り盛りしていくとなると、何から始めたらいいのか分からないし、正直不安。先ずは頭の中を整理して、簡単な計画書を作る必要がありそうだ。

「お偉いさんが集まって、いったい何事ですか」

狭い事務所へ豊田さんが乱入してきた。牛乳瓶の底のような分厚いレンズ越しに見える小さな瞳が、好奇心でぎらぎらと輝いている。

「木代くんがUM昇格だよ」
「うぉ~~!木代ちゃん、やったじゃない」

豊田UMITは、相も変わらず私のことを“木代ちゃん”と呼ぶ。生意気な若造だと蔑んでいることは分かっているが、何れにしてもムカつくおっさんには違いない。今回、私のUM昇格で歯ぎしりが止まらないだろう。
そう思うと、胸がスカッとする。

「ところでさ、同期生で最初かい?」

橋田UMのひと言が身震いを呼んだ。
かもしれない、、、同期でも名前を知らない者はたくさんいるが、これまで得ている情報の中にUM昇格者はまだ出ていない。ということは“1番”、てわけか。
これはおったまげだ。

「恐らくそうだと思います」

有頂天になりそうだ。笑いが止められない。く、苦しい、、、

「凄いじゃない、木代ちゃん!!」

狭い事務所ででかい声。またおっさんである。凄いとか言っときながら、眼が怖い。

「あ、どうもありがとうございます」

この後、アルバイト達からも祝福をもらい、現実感がひしひしと伝わってくると、腹の底から気合いが入ってきた。念願だったUM職。予想を超える早いタイミングで我が身へ舞い降りてきたこの錦を、思う存分堪能すると共に、次のスッテプ台として大いに利用していくのだ。
この後、同期最初の店長昇格者との理由で本部からお呼びが掛かった。イトーヨーカ堂グループが入る森ビルまで馳せ参じると、何とリクルート社に連れていかれ、立派なスタジオへ案内されると、求人広告のモデルをやらされたのである。
カラー1ページにでかでかと出た我が身は、案の定、社内に於て有名人となり、更には“デニーズ若手代表”といったイメージまでもが独り歩きし始めたのだ。

1979年秋のことである。


「若い頃・デニーズ時代 35」への1件のフィードバック

  1. 多摩地区は、すかいらーくとの激戦区だったので、UMは、優秀な社員が昇進していましたよね。社内報で拝見したことがあると思います。

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