腸脛靭帯炎

先日の西沢渓谷で膝の調子に自信を持った私は、更に弾みをつけようと、翌々週の休日に、今度は奥多摩へと出掛けてみたのである。
山に入って一日中快調に歩けた時の喜びは大きい。これは膝痛持ちしか分からない“感動”と言って憚らないもので、激しく痛む左膝を庇いながらの下山になれば、精神的にも辛く、いったい何のために山へ入っているのかと、自問自答までが飛び出すことさえあるのだ。

25年程前まで、多少だがゴルフを嗜んでいた。学生時代にゴルフ場でアルバイトキャディーをやったり、体育の授業にゴルフがあったりと、若い頃から少なからずの関わりがあったので、それほど好きではなかったが、一応一通りの道具は揃えていた。
今の勤め先に入ると、社長が大のゴルフ好きということで、年に2~3回はスタッフコンペを楽しんだり、同業者のコンペに参加したりと、プレイの頻度は高まっていった。
そんなある日、あと2ホールを残すという頃、突如左膝に違和感が出始め、それは徐々に痛みへと変わり、終いには足を引きずるまでになってしまった。
クラブハウスで軽食を取り、それでは帰ろうかと下り階段に一歩踏み出すと、またもや痛みが走り、手すりを使わなければまともに下ることすらできないのだ。しかしそんな後でも平坦路では痛みらしい痛みは感じず、翌日になれば、昨日の膝はどうなっていたのだろうと、首を傾げるくらいに回復するのだった。
実はこれが【腸脛靭帯炎】の典型的な症状であり、こいつが山歩きを趣味にした時、大きな壁となって圧し掛かってきたのである。
そもそも腸脛靭帯炎とは、< 膝の屈伸運動を繰り返すことにより、腸脛靱帯が大腿骨外顆と接触(擦れる)して炎症(滑膜炎)を引き起こし、疼痛が発生する >というもので、これまでは予防策として、山に入る直前に膝脇のストレッチを行い、接触点周辺の張った靭帯の緊張を解してやったりと、そこそこに意識して続けてきたが、余り効果らしいものは得られなかった。
そこで更に詳しく調べ進めると、この腸脛靭帯は腰回りにある大腿筋膜張筋や臀部全体の筋肉と繋がっていて、その辺の張筋や筋肉も同時に柔らかくしなければ全く意味のないことが判明した。
特に日頃から行う大腿筋膜張筋のストレッチは重要なポイントらしく、それではと、毎朝夕に15分間ほど行うことにしたのだ。
まだ始めたばかりなので、どれほどの効果が出ているかは定かでないが、先日の西沢渓谷では、約4時間の歩行の間に一度の違和感も痛みも発生しなかった。

11月2日(木)。この上ない快晴に恵まれた奥多摩地方。体調はボチボチだったが、何より膝の調子が上向きだったので、馴染みのコースで様子を見てみようと、<鳩ノ巣駅⇒ 御岳山 ⇒ 日の出山 ⇒ 愛宕尾根 ⇒ 二俣尾駅>を選んだ。コンディションが整うと、心は自然と高揚してくるものである。
馴染みの鳩ノ巣無料駐車場へ車を停めると、すぐに出発。R411を横断して多摩川を渡った。

「なんだって、工事中?!」

補修工事の為にいつものルートは使えず、迂回ルートが指示されていた。読めば城山経由となっていて、距離は少々増えるようだが、初めての道は楽しみでもあった。一応山地図を開いて確認すると、なんとこの迂回路、載っていない。普段は余り人の入るところではないのだろう、すぐに荒れた道を想像する。

それまでの林道から右手となる山側に入ると、一気に高度を上げようとする巻き道が連続した。枯葉が積もった極端に狭い山道をトラバースしていくのは、結構な神経を使う。山側にホールドできる樹木があれば安心だが、全くないところを3m、5mと進むには、とにかく集中する以外ない。
何度かの急登をクリアすると、“鳩ノ巣城山”の道標が忽然と現れた。見晴らしは全くきかないが、頂は平らでそこそこの広さがあったので、ここで休憩を入れることにした。
切り株に腰掛け、菓子パンを頬張る。まだ歩き始めだが、疲れているのか、甘さが体に染み入っていくようだ。
予想以上に汗をかいていたので、パーカーを脱ぐと、木々を通り抜ける微風を感じられ、背中がヒヤッとした。
ここも奥多摩に多く見られる施業林だが、私は好きである。

大楢峠に到着すると、馴染みの山にいる安心感がこみ上げてきた。今回は計画通りに裏参道で御岳山へ向かうが、次回はここから鍋割山へ向かうルートにトライしてみようと思っている。
そう、この頃になって当たりが出てきた感のあるモンベル・ツオロミーブーツは、堅牢且つ非常に歩きやすいので、トレッキングブーツを検討している諸氏にはおすすめしたい。

御岳の集落に到着すると、いつもながらの活況が出迎えてくれた。改めてここは人気のスポットなのだとしみじみ感ずるところだ。
目抜き通りに入ると、どこかの女子高のハイキングらしく、山頂方面から数人単位のグループで次から次へと降りてきた。彼女達に疲労などないのだろう、皆黄色い声を発し、それは賑やかだ。ところが偉いもので、殆どの子達がすれ違いざまに、<こんにちは!>の一声を投げてくるのだ。これは先生方の指導の賜物だろう。

御岳から日の出山へ向かう道筋で、何と5名のハイカーに抜かされた。自分で言うのもなんだが、私の歩行速度は遅い。しかしこれは長年の山歩きで得た最適なペースであり、絶対に崩すことはない。
ところがだ、若い子や同年代の方々に抜かれも全く動揺はしないのだが、最後に抜いていった一人の男性は、どう見ても70歳代。背中が丸く顎も出ているのに、恐ろしくハイピッチなのだ。この時ばかりはいつもの自分を見失った。気が付くと男性の背後数メートルに付き、追尾を始めていたのだ。
男性は歩幅が極端に小さいのでハイピッチになるのだが、それにしても速度がある。急にそのペースに合わせた為に息が上がったが、今日は膝の調子が良いので構わずついていった。しかし正直なところ、この速度はきつかった。
300mほど追尾しただろうか、男性のペースは頑固なまでに落ちず、徐々にだがその背中が小さくなっていったのだ。

― あ~、馬鹿な真似はやめよう。

敗北である。男性は間違いなく山のベテランであり、そのキャリアは相当なものとみた。山が好きと言ってもたまにしか歩かない私では敵うわけがない。それより一時の感情でペースを崩したことが悔やまれてならず、伊豆スカイラインで峠ライダーをやっていた頃から少しも成長していない自分に気が付き、とてつもなく情けなくなってきた。

日の出山山頂に到着し、辺りを見回したが、あの男性の姿はなかった。
ここで休憩しないわけはないので、途中、五日市方面へ降りて行ったのだろう。全く恐れ入ったものだ。
オーバーペースでかなり疲労してしまったが、多少なりとも食欲はあったので、昼食にありつくことにした。
最高の天気で眺望は素晴らしく、西武ドームがくっきりと見える。更にはポカポカ陽気が山頂を覆っていたので、満腹になると眠気が襲ってきた。山の良さを感じる一瞬である。
若い女性の二人組、年配女性の二人組、カップル三組、単独女性一人、そして単独男性は私を入れて四名。いつもながらの賑やかさ。アクセスが良くこれだけの景色を眺められるのだから、人が集まるのも 頷ける。私自身、何度訪れたか分からない。

秋の夕陽はつるべ落とし。余りのんびりしていると愛宕尾根でヘッドライトを使う羽目になる。さっそく下山を開始した。

ここからが正念場である。腸脛靭帯炎、つまり膝痛は下り時に発症するからだ。
頂上からは急な下り階段が連続し、それは膝痛が起きる典型的な状況と言える。調子の悪いときは早くもこの階段で違和感が出てしまい、ゴール直前である愛宕尾根の急坂を、痛みに耐え、歯を食いしばりながら、亀のような速度で下っていくのだ。

― 今日はどうした?! なんだかいい感じだぞ~☆

それでも左膝を気にしながら歩を進めたが、あっという間に梅ノ木峠に到着し、最後の休憩に入った。
ここにはおあつらえ向きのベンチがあるので、どっしりと腰を据え、ストレッチを始めた。腰回りを伸ばしたら、次は膝外側の靭帯を伸ばす。これを3セット行うと下半身が幾分軽く感じるようになり、気分も落ち着いてきた。
東へ目を向けると、山間を縦横無尽に走る送電線に斜光が反射し、夕暮れの様相が濃くなりつつあるのが分かった。ザックを背負って水分補給を行うと、早々に出発した。

愛宕尾根でも膝は絶好調。結局、ゴールである愛宕神社に至るまで、違和感すら覚えることはなかった。
非常に嬉しいことではあるが、今後を考えれば、その要因を知りたいもの。
先回の西沢渓谷が足慣らしとなったのか、はたまた最近始めたストレッチの効果が出たのか、それともその二つの相乗効果によるものなのか。
山歩きも雪が降りだせば来春までお預けだが、その期間こそ膝を改善する大事なインターバルになる。
今後は更に研究を重ね、来春こそテン泊を復活させたいと思っている。


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