5月4日(木)。冨田君のジムニーは約束の6時前に到着していた。
そう、年末以来となる撮影会を奥多摩でやるのだ。
今年のGWはおおむね好天が続くと予想され、芽吹きの森では初夏の空気を目いっぱい吸い込むことができると期待は膨らんだ。もちろん前夜に入念な機材チェックを行ったのは言うまでもない。但、GW中なので、唯一交通の流れを心配したが、朝の新青梅街道は頗る順調な流れを見せ、先ずはひと安心。
1時間半ほどで二俣尾のセブンイレブンへと到着。食料と水を調達した。
「あっ、ストーブ忘れた」
「えっ、カップ麺持ってきたのに~」
新緑に包まれながら熱々のコーヒーを飲んだらさぞかし美味しいだろうと話していたのに、またもやポカミスをやってしまった。先回の“登山靴”よりはまだましだが、この頃、物忘れの悪さに拍車が掛かってきたように思うことが屡々だ。尤も子供の頃からこの傾向は出ていて、小学生の時などは、自転車に乗って買い物へ行ったのに、帰りは徒歩で戻ってきてしまい、慌てて<自転車がない!>と騒ぎ立てた挙句、はっと思い出しては赤面するといった感じだ。
R411は川井交差点を右折。大丹波川沿いをひたすら上っていく。
進むほどに道は細くなり、木々の密度は濃くなっていった。山中に分け入った実感を覚えると、いつだって心が躍る。車窓から流れ込む空気は冷え冷えとして、うっすらとかいていた汗が一気に引いていった。
そして、渓流沿いのキャンプ場を過ぎると、遂に走っている車は我々だけとなった。
さらに3Kmほど行くと道はダートになり、ジムニーの本領発揮となった。
「ご機嫌だね。岩をどかさなくても付き進めるよ」
このルートへ初めて踏み込んだ時、乗っていったのはBMWのE36だった。フロンフェンダーやボディー下に岩がヒットするのではと、冷や汗をかきながら、徐行以下のスピードで上がっていったのだ。
それでも微妙な大きさの岩が現れると、その都度下車して取り除き、冷や汗と作業による汗で辟易としたものだ。
その点ジムニーはダート用に設計してある車なので、車高が高く、このレベルの悪路などはものともしない。
しばらくすると左カーブが差し掛かり、左右に車数台が停められるスペースが見え始めた。そこには1台の青いオフロードバイクが駐車していて、どうやら主は女性のようだ。車種はヤマハのランツァ。今では珍しくなった2サイクル車である。
「この先、行き止まりのようですよ」
徐に車のウィンドーへ顔を寄せると、彼女はそう告げた。
一瞬不安が走ったが、とにかく車から降りて辺りの様子を確認しなければならない。
20mほど歩くと、なるほど【この先通行禁止】の看板が置かれていて、思わず冨田君と顔を見合わせてしまう。
「弱ったな」
「とにかくこの先、見に行かなきゃ」
気が付くとランツァの彼女は、先行してずいぶん先を歩いていた。
一旦車に戻り、カメラやら三脚などを降ろして、徒歩で撮影場所まで行く準備を始めた。
立て看板から300mほど行くと道は極端に荒れ始め、コブのようなところを上り詰めると、待っていたのは唖然とする光景だった。
「やばいっすよこれ」
横幅30m以上もある大崩落が、完全に林道を飲み込んでいたのだ。それでも落石と脆い足場に注意しながら慎重に歩を進め、崩落のてっぺんまでくると、何とそこには更に凄い光景が控えていた。
足元の崩落の先にもう一つの大きな崩落が発生していて、そちらは土砂というより殆ど土だけのもので、おまけにトラバースするには相当な危険を覚悟しなければない急斜面を作っていたのだ。
足を滑らしたら、谷底まで止まらないだろう。
「駄目だこりゃ、諦めよう」
悔しいことに、目指す撮影ポイントはまさに目と鼻の先だった。
2つ目の崩落の先が林道の終点であり、そこから山道に入って沢へ下れば、他ではなかなかお目に掛かれない見事な清流の光景が広がっている筈なのだ。
数年前にやはり冨田君と撮影したことがあり、二人ともこの上ない好印象として脳裏に刻まれていた。
出鼻をくじかれたとは正にこんな感じだろう。意気消沈しながらも、<手ぶらじゃ帰れない!>と、大丹波川沿いを下りながら、撮影ポイントを見繕っては被写体を探し続けたのである。
それでも不完全燃焼のままの我々は、多摩川の渓谷を歩いたらどうだろうかと、鳩ノ巣無料駐車場へ行ってみれば、寸分の隙もない完璧な満車状態。しょうがないので白丸駐車場へ移動すると、何とか2台分空いていたので、さっそく車を入れて渓谷遊歩道へ降りたのだが、ダム湖に沿って伸びる道からは、これぞという被写体は一つも見つからない。それじゃ、日原方面へでも行ってみるかと車を回したのが、鍾乳洞手前から渋滞が始まり、あっさり諦めUターン。
「こんなについてないことは今までなかったよね」
「じゃさ、どうせ帰り道だから、愛宕神社へでも寄るか」
「ダメもとですね」
つつじで有名な同神社は、よく歩く御岳山~日の出山ルートの終着点にあたり、馴染みの場所と言えるところだ。地元武蔵野市のつつじは既に時期が終わっているので、こちらはどうかと恐る恐る境内を覗き込めば、遠目だが鮮やかに咲き誇っているではないか。
「ラスト、ここでやっていこう」
半日ずっと振り回され、気分的にはシャッターを下ろすのも億劫になっていたが、それより、あまりに少ない収穫のままでは帰路に就くのも虚しかったので、店の引っ越しで痛めた腰がやや愚図ってはいたが、つつじ散策をスタートさせたのだ。
(あとがき)
それにしても、あの崩落現場は凄かった。
事前に奥多摩ルート情報をチェックしておけばよかったと自省もしたが、帰宅してすぐに奥多摩ビジターセンタのHPを開き川苔山周辺を調べてみたら、
① 踊平から獅子口小屋跡(通行止・土砂崩落)
② 大ダワから足毛岩(通行止・登山道崩落)
以上2点の掲載しかなく、同HPのルート情報はあくまでも登山道対象であり、例え付近であっても“林道”の状況までは網羅してないのだ。
振り返れば、先回あの清流へ訪れてから既に数年の月日が流れている。刻々と変わる山の状況を考えれば、やや思慮に欠けたかと反省している。
GWが終われば本格的な夏山シーズンがやってくる。山歩きに於て安全最優先は言うまでもなく、登山はこうした事前情報の収集から既に始まっているのだ。